テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
金原の言うことが分からないと、山根の親分が首をひねっているところへ、また、男達の断末魔の叫びが流れてきた。
「ところで、親分。あれは、何ですか?」
「おお、詫びだ。すまねぇ、鬼キヨ!お前の嫁さんにちょっかいかけたからにゃー、あいつらには、それなりのことをな」
がばりと頭を下げる親分に、金原は、何故、男達が縄で縛られているのか、薄々理解できたが、それで、どうして、全裸、しかも、お玉なのかが、わからなかった。が、聞けばまた、ややこしくなりそうな気がして、それはそれはと、適当に流した。
そんな、金原の疑問を解くかのように、盆にお銚子を乗せた八代が現れる。
「親分さん、熱いので、ひとつ体を暖めてください」
八代が親分の隣に座り、熱燗を勧めた。
「おっと、こりゃ、すまねぇなぁ八代」
親分へ酌をしながら、八代は、言う。
「金原商店にも、何かしら仕切らせてもらえませんかねぇ。今回のことは、お玉が仇をとったということで、水に流しますから……」
ぐびりと、酒を流し込み、親分は、そら来たことかと渋い顔をする。
「まあな、仕方ないわ。確かに、俺の仕切る野郎が、不祥事をおかしちまった。それは俺の目が行き届いていないからだ。八代、お前、そこを、狙ってんだろ?」
「おや話が早い。まあ、もうおひとつ」
八代は、切れ長の瞳を底意地悪く光からせながら、酌をした。
「どうでしょうかねぇ、親分、龍に、神宮建造の人足達を仕切らせてもらえませんか?」
崩御した、明治天皇とその妃である、皇太后を奉るために、神宮建造という国家事業が行われているが、軍需景気により、皮肉なことに物価は上昇、人足達の賃金も高騰していた。いわゆる資金不足になり、人を簡単に雇えない状況に陥っていたのだ。
その為、全国から、勤労奉仕団が集まり、造営の頭数を増やしているのだった。
「まあなあ、勤労奉仕団は、いわば、志願者だから、ほおっておいても働くが、俺の仕切りには、賃金に不満を持つ野郎もいるだろう。実際、この始末。ろくなことをしやしねぇ。確かに、龍が、目をひらかせてくれれば……」
うーんと、唸りながら、親分は、八代の提案を受け入れるべきか考え込む。
そして、勢いよく酒を流し込み、
「よっしゃ!わかった!かまわねぇだろう!」
と、勢いよく言った。
「ああ、それと……」
金原が、便乗してくる。
「おお、わかってるって。鬼キヨよ。今回は、分が悪いわなぁ」
まったく、やられちまったと、親分は、息をつく。
「社長?」
八代が、親分に酌をしながら、金原へ問うた。
「ああ、柳原の珠子が……」
金原は、ことのあらましを、八代へ説明し、高井子爵との縁談をぶち壊し、櫻子の仇を取ると、言い切った。
「ひゃー!恐ろしいねぇ。しかし、惚れた女のために、あの、鬼キヨがねぇーそこまで、するかい」
親分は肩を揺らしながら、酒を口へ運んでいる。
「いけませんか?親分」
金原の言葉に、親分は目を見張り、言い切ったよ、こりゃまた、と、言うと、豪快に笑った。
「……なるほどねえ、高井子爵の女好きを突くという訳ですか……」
八代は、納得しつつ、そういえば、と、これまた、金原を煽るような口ぶりで、
「柳原の義母を浅草十二階下で、みかけましたよ」
と、含み笑いながら言った。
ピクリと、金原の眉が動く。
「おいおい。八代。浅草十二階下ってことは、連れ込み宿だろうが?こりゃー、また、やってくれるねぇ」
親分は、ははは、と、小バカにしたような笑い声をあげて言う。
「鬼キヨよ!お前のその話、俺もしっかり、乗らせてもらうぜ!そうさなぁ、結婚祝いだ!金はとらねぇよ」
「おやおや、さすが親分さん、太っ腹で」
そして、八代が、なんとも言えぬ悪賢い顔をしながら、契約成立とばかりに、親分へ酌をした。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
#ヒューマンドラマ
1,767
#大衆食堂