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放課後の相談室。窓の外は、冬みたいに冷たい夕暮れだった。
机の上には開きかけのノートと、ぬるくなったコーヒー缶。
蓮司は、ぼんやりとカーテンの揺れを見ていた。
その向かいに座る生徒は、口を開くまでにずいぶん時間をかけた。
「……全部、疲れました」
掠れた声だった。
「朝起きるのもつらい。
理由があるわけじゃなくて、ただ……何もかも面倒くさい。
笑うのも、話すのも。
でも休んだら、みんなに置いてかれる気がして」
蓮司はペンを回すのをやめ、指で机をとんとんと叩いた。
「理由ない疲れ、な」
それだけ言って、しばらく黙る。
彼は、ゆっくりと足を組み替えた。
「たぶん、お前、頑張るのが“当たり前”になってんだよ」
生徒が顔を上げる。
蓮司は視線を窓の外に向けたまま続けた。
「ちゃんとやって、周りに合わせて、ミスしないように動いて。
それが普通だと思ってきたんだろ。
でも人間って、ずっと“普通”を続けられるほど丈夫じゃねぇ」
「……どうすればいいんですか」
「どうもしなくていい」
短く、少し乱暴に聞こえる言い方だった。
「朝がつらいなら、つらいままでいい。
理由なんか探さなくていい。
生きるのに“意味”とか“目的”とか、いちいち必要ねぇんだよ」
蓮司は小さく息をついて、肩の力を抜いた。
「たぶんさ、今のお前は“止まる”時期なんだよ。
走りっぱなしでバテたら、いったん休まねぇと倒れる。
それと同じ。
誰もずっと走ってなんかいられねぇんだ」
生徒はうつむいたまま、拳を握っていた。
蓮司は、その様子を見ながら言った。
「止まることを“さぼり”って思うな。
止まれねぇ奴のほうが、よっぽど危ねぇ」
しばらく沈黙が流れた。
外では風が吹き、カーテンの端が少しだけ動いた。
蓮司は立ち上がり、コーヒー缶を指で軽く弾いた。
「……まあ、そのうち勝手に動けるようになる。
動けるようになるまで、止まってろ。
それで十分、生きてるってことだ」
生徒は何も言わず、ただ静かに頷いた。
蓮司は小さく笑って、窓の外を見た。
暮れかけた空の向こうで、街の灯りが点りはじめていた。
「朝がつらい日もある。
でも、朝が来るってことは――まだ、終わってねぇってことだ」