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第8話 翻訳された炎上
配信
「こんばんは、“はごろもまごころ”だよ!」
画面に現れたまひろは、今日はシャツに赤いサロペット姿。膝に子ども用の絵本をのせて、無邪気な瞳をきらきら輝かせている。前髪は相変わらずのぱっつん、足元にはカラフルなスニーカー。
隣のミウは、ライトグレーのニットに淡い水色のプリーツスカート。首元には細い銀のネックレスが揺れ、髪は耳の横でまとめている。柔らかな笑みを浮かべ、見守るような視線をカメラに送っていた。
まひろが少し不安げな表情で言った。
「ねぇミウおねえちゃん。海外の俳優さんがインタビューで言った言葉、ちょっと気になっちゃったんだ」
コメント欄がざわつく。「あの人?」「ニュース見たよ」と視聴者の反応が飛ぶ。
「翻訳された記事では、“日本の作品は古臭い”って……ほんとにそう言ったのかなぁ? 僕、なんだか心配になっちゃって」
疑惑の芽生え
ミウが首を傾げ、ふんわり笑う。
「え〜♡ もしかしたら、翻訳でニュアンスが変わっちゃっただけかもしれないけどぉ……でも、もし本当にそう思ってたらちょっと寂しいよねぇ」
「うん……僕はただ、みんなに“ほんとの気持ちなのかな”って考えてほしいんだ」
コメント欄には「失礼すぎる」「いや翻訳のせいかも」と意見が割れる。小さな疑問が大きな波になる予兆だった。
レイNews記事化
翌日、「レイNews」には記事が並んだ。
実際の原文では「クラシックな魅力がある」という文脈だったが、「古臭い」に意訳されて記事化されていた。
本文は“翻訳の可能性”にも触れていたが、見出しの強烈さで人々の印象はすでに固まっていた。
群衆の暴走
SNSでは「日本を馬鹿にしてる」「もう応援しない」という怒りの声が拡散。
まとめサイトは「海外俳優X氏、差別発言か」と見出しを打ち、ワイドショーではスタジオに字幕を出して「古臭い」という言葉を繰り返した。
一部のファンは「誤訳だ」と擁護したが、その声は「擁護するのは売国」と叩かれ、分断が深まる。
やがて映画配給会社は公式に謝罪を発表し、公開予定だったキャンペーンは中止に追い込まれた。
クライマックス
数日後、海外俳優XはSNSで「そんな意図はなかった」と自国語で否定コメントを出した。
しかしその投稿さえ「言い訳」として切り取られ、再び記事化された。
「逆ギレか? 否定声明で火に油」
結末
夜の配信。
まひろはサロペットの胸ポケットを指でいじりながら、無垢な瞳で言った。
「僕……ただ“ほんとにそう言ったのかな”って思っただけなのに」
ミウはにっこり笑って首をかしげる。
「え〜♡ でも、みんなが考えるきっかけになったんだから良かったんだよね。
やっぱり言葉ってこわいねぇ♡」
コメント欄は「気づかせてくれてありがとう」「これから気をつけたい」と賛同であふれた。
その裏で、ミウのパソコン画面には次の記事の下書きが並んでいた。
“翻訳チェック”を名目に、別の海外発言を切り取る準備が着々と進んでいた。
無垢な疑問とふんわり同意、その裏でひとつの文化交流が断ち切られていった。