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開けた場所に出る度に休憩するという、のんびりペースで森の中を歩いていると、冒険というよりはちょっとした探索だった。マーサに用意して貰った昼食を食べている時なんかは、ピクニックに来ているのかと錯覚しそうにもなった。

さらに、珍しい薬草が生えていると、ベルに効能や調薬の仕方を習ったりして、油断すると本来の目的を見失いそうになる。


今、自分達が歩いている位置は分からなかったが、常に頭上にはブリッドの影が見えたし、前を歩く愛猫は迷いのない足取りで、あまり不安には感じなかった。最近はずっと森の奥で生活していたというのもあるからか、この景色にも慣れていた。


初めて来た時は、あんなに怖かったのに……。転移したばかりは恐怖と不安しかなかった。見慣れない自然に怯えていた。


倒木を跨ごうとして少しよろけた葉月を、猫は振り返って心配そうに見ていた。落葉樹の密集地帯なのか、積み重なった落ち葉で地面が柔らかくて歩きにくい。

引き篭もりだから体力は無さそうに見えたのに、意外とベルは余裕だった。森に慣れているのもあるだろうが、都会っ子の葉月とは元々の基礎体力が違うのだろうか。


「次に良い場所があったら、今日はそこまでにしましょう」


もうすぐ日が暮れそうだからと、空を見上げた。木々で覆われているので暗くなり始めると一気に真っ暗になる。早い内に今晩の拠点を決めてしまわないと。


ほどなくして、割と広い場所を見つけ、その場に簡易テントを張った。簡易というだけあって周りの木々に紐を括り付け、防水加工を施した布で屋根を作っただけだったが、野ざらしよりはマシだ。ベルなら何も無くても眠れる自信はあったが、葉月はそうではない。


周囲は結界を張っているので寝ている内に襲われることは無いし、結界内は携帯ランプの灯で十分に明るい。今こうしている間は平気だが、眠るとなると別だ。


マーサが用意してくれていたカット済みの具材に水と燻製肉を加えて鍋に入れて煮込んだ。特に寒くはなかったが、温かい食べ物は疲れた身体を癒してくれる。葉月の隣ではくーがパンにスープを浸した物を貪っていた。


ずっと飛び続けていたブリッドも降りて来ていたが、猫とは距離を取った場所で地面を突いて回っていた。自分の食料は自分で確保する派のようだ。


「今日は濃いめに淹れておくわね」


入眠効果のある薬草は多めに持ち出して来た。歩いている途中で見つけた薬草もいくつか摘んでおいたので、それも加えてみる。ここでしか飲めないフレッシュな限定薬草茶だ。


試しに一口飲んでみてから満足気に頷き、葉月のカップにも注いで手渡した。疲労回復や安眠など、必要な効能を混ぜ過ぎたかと思ったが、案外飲みやすかった。


口に含んで、ふぅっと吐息を漏らす少女の様子に、ベルは安堵していた。お茶を味わえる余裕があるなら大丈夫だ、と。


「眠れなくても、早めに横になりましょう」


ランプの灯を一段落として、並んでテントの中に潜り込む。当たり前のように付いて来た猫は、葉月の腕を枕にして丸まった。羽織っていたローブで身体を包み、深くフードを被って視界を遮断すると、森の騒めきしか聞こえなくなった。


テントの外ではブリッドが静かに羽を休めていた。その夜、結界のすぐ傍を中型魔獣が何度も徘徊していたことは、オオワシと猫しか気付いていなかった。


日が昇り始め、辺りが薄ぼんやりと明るくなった頃、ベルは目を覚ました。館に居る時よりも深く眠った気がする。葉月の為に配合した薬草茶の効果が自分にも出てしまったと、思わず苦笑した。

気になって隣を覗き見ると、すやすやと小さな寝息を立てて眠っている少女がいた。その傍らには耳だけをピクピクと動かしながらも丸くなっている猫。


そっと寝床から抜け出してみると、すぐ前には契約獣の姿。まるで門番のようにテントの前に立っていた。


「おはよう、ブリッド。見張りをご苦労様」


手を伸ばして頬を撫でてやると、嬉しそうに顔を近付けてくる。こんなに長い時間を共にしたのは初めてだと、オオワシの首に腕を回した。


「今日も空から、よろしくね」

「ギギィ」


スープの残りを温め直し、朝食の準備が出来た頃、猫と少女が寝床から顔を出した。大丈夫、顔色は悪くない。ちゃんと眠れたようだとホッとした。


荷物を片付けてリュックを背負い直すと、張っていた結界を解除して歩き出す。もうどの方角に向かって進んでいるのかさえ分からないが、今日も空からオオワシが見張ってくれているので心配ない。


猫は何度も二人を振り返りながら、確実にどこかへと向かって歩いていた。

猫とゴミ屋敷の魔女 ~愛猫が実は異世界の聖獣だった~

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