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#勧善懲悪
#勧善懲悪
夜の料亭は、門の前だけが妙に静かだった。離れの障子から明かりがこぼれ、中では低い声がいくつも重なっている。
サペたちは庭の木陰へ散った。リボルが動線を見て、ジュレイが合図を決め、ズジは記録の準備をする。スレンは使用人の通路を押さえ、ピットマンは逃げ足の速そうな相手に備えて門の脇へ立った。
離れの中では、親たちと仲介役が、恋の話ではなく条件の話をしていた。
「あちらのお店がつけば、表通りの角までまとまります」
「娘の気持ちは」
「時間が解決しますよ」
「代わりの相手も用意済みです」
その言い方に、サペはこぶしを握る。
合図で障子が開いた。
「その代わり、本人の前で言ってもらえますか」
エリアの声が、座敷の空気をまっすぐ裂いた。
突然のことに、大人たちが一斉に立ち上がる。そこへカレルが入った。顔色は悪い。けれど逃げていない。
続いて、別室へ隠されていた和菓子屋の娘と、取引先の息子も、スレンに導かれて出てくる。二人とも、ようやく相手の姿を見つけた顔をしていた。
「勝手に決めないで」
娘が先に言った。
「私はこの人が好き」
息子も続く。
「僕もです。店の都合で消せる話じゃない」
親たちの顔がゆがむ。仲介役は何か言い逃れしようとするが、ジュレイが写しを突きつけた。
「恋愛相談ではなく、資産誘導の打ち合わせですね」
「誤解です」
「その誤解という言葉、今日は何回目ですか」
ズジが記録しながら刺す。
その時、皆の視線がカレルへ集まった。
彼女は一瞬だけ目を閉じた。けれど、次に開いた時には、芯のある顔になっていた。
「私は」
声は震えていた。
「私は、この人の代わりで立ってたんじゃない。立たされてたんです」
座敷がしんと静まる。
カレルは続けた。
「誰かを守るつもりで引き受けたけど、苦しかった。見てるふりをされるのも、使われるのも、ちゃんと苦しかった。だから言います。私は代用品じゃない」
その言葉の後、小さな拍手が一つ鳴った。
エリアだった。
続いてズジ、キオノフ、ピットマン。やがて娘本人まで泣き笑いで手をたたく。
空気が変わった。
親たちは、ようやく自分たちが人前でひどくみじめなことをしていたと気づいた顔になる。
サペはその変化を見ながら思った。
黒い名刺が一番嫌うのは、たぶんこれだ。
使われた側が、自分の言葉で立ち上がる瞬間。
けれど帰り道、まだ終わっていない影があった。
料亭の塀の向こうで、黒い服の裾が一度だけ揺れた。