テラーノベル
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12月、紅葉した木々の葉が舞い落ち始めた頃、紫野は国雄と鉄道の旅に出た。
紫野は蒸気機関車の窓際の席で、国雄と並んで座っていた。
美津が紫野のために作ってくれた茜色のドレスは、後ろの席にいる国雄の秘書兼運転手・進が持つ鞄に入っている。
(どうしてこんなことに?)
彼女は今でも、自分が東京へ向かっていることが信じられなかった。
パーティーは、明日の夜開催される。東京には明後日まで滞在するので、今回の旅は二泊三日の予定だ。
久しぶりに見る列車からの景色は、とても新鮮に感じられ、紫野は窓の外をじっと眺めていた。
「東京は久しぶり?」
「はい。最後に行ったのは、16の時だったと思います」
「じゃあ、四年ぶりくらいか」
「はい」
「その時は、ご両親と?」
「そうです。家族三人でパーティーに出席しました」
「そうか。じゃあ、そういう集まりには慣れているんだね」
「慣れるというか……まだ子供でしたので、美味しいお料理をいただきながら眺めるだけでしたが」
「ははっ、そうか」
国雄は微笑みながら、再び書物へ視線を戻した。
紫野は流れる車窓の景色を眺めながら、過去の思い出に浸っていた。
東京へ着くと、母はパーティーの前に紫野を百貨店に連れて行った。東京ならではの珍しい品々を一緒に見て回った後、母親は彼女に上品な真珠のブローチを買ってくれた。紫野はそのブローチを今日身に付けている。
真珠で葡萄の形を模ったブローチは、一粒の小さなアメシストがついていた。その色味やデザインは、今日紫野が着ているブルーグレーのワンピースと見事に調和していた。もちろん、国雄が贈ってくれたかんざしとも合っていた。
(こんな素敵なお洋服を着て、また東京へ行けるなんて……)
紫野の胸には、亡き父が東京土産に買ってくれたグリム童話・『シンデレラ』の本が思い浮かんだ。
今の自分は、まさにシンデレラにでもなったような気分だ。
しばらく物思いにふけった後、紫野は国雄の読書の邪魔をしないよう鞄から毛糸とかぎ針を取り出し、静かに編み物を始めた。
それに気付いた国雄が、手元の本から視線を上げ紫野の方を見た。
「それは?」
「あ……幸ちゃんの赤ちゃんにケープを作ろうと思って」
「ああ、なるほど。すごく器用なんだね」
「器用ではないですが、編み物は好きなので……」
紫野はそう答えながら、器用にかぎ針を動かし続ける。
「幸子さんもきっと喜ぶよ」
「はい……」
紫野は、少し恥ずかしそうに返事をした。
そんな二人の会話を、後ろの座席に座っている進が微笑みながら聞いていた。
東京に到着した三人は、すぐにホテルへ向かいチェックインを済ませた。
国雄は紫野の部屋の前で言った。
「少し休んでから、午後四時に迎えに行きますので、出かける準備をしておいてください」
「分かりました」
夕食にはまだ早い四時に、一体どこへ向かうのだろう? 紫野は不思議に思いながらも、まだ二時間ほどあったので、とりあえず部屋でのんびり過ごすことにした。
紫野が部屋に入ったのを見届けると、国雄は隣にいる進に言った。
「じゃあ車を頼んだよ」
「了解! 夕食は俺がいるとお邪魔虫だろうから、適当に一人で済ませるよ」
「気が利くな! でも、一人じゃないだろう? 東京には数えきれないほどのガールフレンドがいるくせに!」
「ちぇっ! バレたか!」
そこで二人はクスッと笑った。
「まあ、適当に夜の街を彷徨って、情報収集してくるよ」
「あまり飲み過ぎるなよ」
「わかってるよ。じゃあな!」
進は笑顔で言うと、自分の部屋へ入っていった。
荷物を部屋に置いた進は、すぐに車の手配に向かった。いつも東京に来る際に利用する馴染みの店へ足を運ぶ。
「予約いただいた村上様ですね。お待ちしておりました」
「明後日までよろしくお願いします」
「承知いたしました。今回も、運転手は『なし』でよろしいですか?」
「はい。私が運転しますので」
「分かりました」
ハイヤー会社の店員は、書類を用意し進にサインを求めた。
「最近、村上様のように、運転手を自前で用意する方が増えているんですよ」
「そうなんですか? でも、どうして?」
「数年前の事故が影響しているのかもしれません」
「事故? どんな事故ですか?」
「蚕糸会社の社長様が亡くなられたあの大事故ですよ。あ、たしか、あのお方は村上様とご同郷でしたね?」
「ああ、大瀬崎の社長さんですか?」
「左様でございます。あの事故以来、運転手はお抱えの者を連れて来る方が増えましてね……」
「なるほど……。たしか、飲酒運転とブレーキの故障が重なった不運な事故でしたよね?」
「そうなんですが、その後いろいろな噂がありましてね……」
「噂? どんな噂ですか?」
「それがですねぇ……」
ハイヤー会社の店員は、噂についてを詳しく進に話し始めた。
車を借りてホテルへ戻った進は、すぐに国雄の部屋へ向かった。
「どうした?」
「いや、ちょっとよからぬ噂を耳にしてさ」
「なんだ? まあ、入れよ」
進が部屋に入ると、国雄が尋ねた。
「で、噂って何だ?」
「先代の大瀬崎社長の事故のことだよ」
「事故の?」
「ああ。運転手が飲酒運転だったって聞いていたけど、どうやら違うみたいなんだ」
「どういうことだ?」
「その運転手、一滴も酒が飲めない男だったらしい」
国雄は驚いた表情を浮かべた。
「そうなのか? でも事故当時酔ってたって聞いたぞ? 紫野さんも親父にそう言ったらしい」
「それが、どうも違うらしいんだ。事故を起こした運転手は酒を一滴も飲まない真面目な人間だったそうだ。それなのに飲酒運転と言われたので、運転手の妻が警察に行って証言したらしい。『うちの夫は酒を飲めない』ってね」
「じゃあ、なぜそんな風に言われてる? 酒が原因じゃないなら、ブレーキの故障が事故の直接原因だったってことか?」
「普通はそう考えるけど、なんか変なんだよな。車を貸し出した会社は、整備を徹底することで有名な会社だったらしい。それに、事故を起こした車もまだ新しくて故障なんてあり得ないと。妙だと思わないか?」
「たしかに変だな……。まさか、誰かが仕組んだとでも?」
「俺もそう思った。で、それは誰だと思う?」
「まさか……」
「可能性がないとは言えないよな」
「進! この件、もっと詳しく調べてくれないか?」
「俺もそうするつもりだったよ。銀座の女と遊ぶよりも、こっちの方が俄然面白そうだからな、任せろ!」
「頼んだぞ」
「じゃあ、さっそく行ってくるよ」
進は笑顔でそう言い残すと、国雄の部屋を後にした。
進がいなくなると、国雄は静かに窓辺へ向かい、外の景色を眺めた。
(事故ではないのか……)
そう心の中で呟くと、国雄は両手の握りこぶしに力を込めギュッと握った。
コメント
28件
紅葉の中機関車に揺られて国雄様と東京へその場面がまるで動画を見ている様に思えてくるマリコ様の描写が素敵です💓そして紫野ちゃんのご両親の事故も国雄様と進さんが解明してくださりそうで明日の更新が楽しみです 早く解明しないと蘭子と従兄弟真司の陰謀で国雄様に危機が来そう心配です マリコ様二人に危機が来ませんようにお願い致します🤲
悪い事は出来ないね,蘭子さん。これからは貴女がやらかした悪事があからさまになって来そうよ。紫野ちゃんん泣かせた罪を背負うが良いわ。
紫乃ちゃんと国雄さん、そして進さんの3人での電車での東京への旅🚊🗼 手先が器用な紫野ちゃんの編み物を見てるだけで心癒されそうな国雄さん💓 それにしても進さんが紫乃ちゃんのご両親の事故の件で意外な線から情報をキャッチしましたね✨ ここから嵐子達の悪行が芋づる式に判明して犯人達をしっかりと制裁してほしいと切に祈ります🙏