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提案により、白猫のララと共に雨風を防げそうな場所で一晩過ごす事になった。小屋みたいな立派な物ではなく、巨木の根元部分をくり抜いた程度の場所だ。そんな場所では当然虫もいるし、少ししっとりもしているから、まともな貴族の御令嬢なら絶対に悲鳴をあげて卒倒していただろう。だけど私はその点全然平気だ。破棄されて随分経つ屋敷に住んでいたから、どんな場所であろうが、屋根があるというだけで有り難い事なのだと知っている。


(でもそれって、令嬢としては終わってるんだろうな…… )


何処から出したのか不明な敷物の上に座り、これまたいつの間にか用意してくれていた大きなクッションに寄り掛かって休憩を取る。ララは当然の様に私の膝の上を陣取ると、体を丸めて幸せそうに瞳を閉じた。

「ありがとう……」

こうやって優しくしてもらったり、他者から甘えられたりするのなんて五歳の頃以来だ。そのせいか何だか照れ臭くって、ちょっとだけ居心地が悪い。

『あァ、敷物の事かしらン?』

「敷物も、クッションもそうだけど、それだけじゃなく……その、一緒に居てくれて……正直嬉しいなと、思って」

『そう思って貰えるなラ、激闘を勝ち抜いた甲斐があったワ』

鼻息荒く、ララがフフッと笑う。激闘とは一体?と不思議に思っていると、『双子の兄のロロとネ、どっちがカカ様の所に行くかで言い合いになったのヨ』と教えてくれた。

「“ロロ”って、あの大きな黒猫君の事?」

『うン、そウ。あぁ見えてとても優しいノ。何だかんだ言ってモ、妹だしト、最初からアタシに役目を譲ってくれる気だったんだと思うワ』

「……仲が、いいんだね」

『そうネ』と短く答え、ララはゴロゴロと喉を鳴らして再び瞼を閉じた。


その後。ララは私が眠るまでの間ずっと、改めて色々な話を聞かせてくれた。

ララとロロは母胎に居た時の不遇な経験のせいで実体の無い存在となり、この世に生まれる為の体を得られる時をのんびり待っている状態らしい。

この不思議な猫達を見る事が出来るのは一部の限られた者だけで、私はその数少ないうちの一人なのだとか。なので街に着いたら自分に話し掛ける時は周囲に気を付けてと言われた。

ティアン”と“|カーネ《私》”は深い因縁のある関係で、過去世でも双子だったそうだ。その繋がりで再び双子として生まれ、母胎で体を乗っ取られてしまったのだと、改めてまた教えてくれた。

本来なら私が姉として生まれ、三代目の聖女となり、獣人達との架け橋となる運命にあったのだと言われた件は……正直、半信半疑の状態のままだ。碌でもない十八年間を過ごしてきたせいか、そんな大それた存在だなんて言われてもピンとこない。


(でも、この髪色だと『それは無いでしょう』って言うのも無理があるのも事実なんだよね……)


私が周囲から過剰なまでに恨まれている理由もララは教えてくれた。私の“妹”となるはずの者は、過去世で仲間を騙し、唆し、彼らを大罪に加担させたそうだ。それにより背負ってしまった業があまりにも重く、“妹”はその償いを今世でするべきだった。だが、器に入る魂が入れ替わり、私達双子は酷く歪な者となってしまった。それが一層不快感を高め、三代目の聖女になるべき魂を持った“カーネ”が負の感情の全てを一身に受ける羽目になったらしい。


その話を聞き、ストンッと全てが腑に落ちた。


私を産んですぐに母が死んだという理由があるにしたって、それ以外にはこれといって何もしていない。それなのに、何度も殺されるくらいに恨まれる理由なんてそうあるのだろうか?と思っていたが、やっとそれがわかった気がした。

前世がどうのと言われ始めたらもう“今の私”にはお手上げだ。状況の改善なんか絶対に出来やしない。……達観し、諦めて正解だったなと、寝入りばなに私は、そんな事を考えていた気がする。




太陽が周囲に明るさを与え始めてすぐ、私達は街へ向かって歩き始めた。その道中で話したのはほとんど全て街についてのレクチャーだった。

『夜は外に出ちゃダメだヨ。昼であってモ、ヒトが多い場所のみにしてネ。後、その外套のフードは晴れていると返って目立つかラ、被らない方がいいワ』

「え、でも、これがないと髪色が……」

『それはこのマジックアイテムを使うといいワ』とララが言うと、次の瞬間、私の左手首に鈍色のブレスレットがふっと現れた。何やら真っ黒な文字がぐるりと刻まれているが私には全く読めない。きっと、古代語か外国の言語で書かれているのだろう。

『髪色を変えるアイテムヨ。少しだけ顔立ちも変わってくれるけド、まァ、そこは誤差の範囲ネ。でもこれでカカ様を聖女候補かもと思うヒトはいなくなるはずヨ。勝手に外れたりもしない品だから、その点は安心していていいワ』

「……本当だ!すごいね、ありがとう」

髪を一房掴んで確認する。見慣れぬストロベリーブロンド色の髪がいつもの茶色になっていて、私はほっと息をついた。

『目の色をいじるのはちょっと難しいからそのままになっているワ。でもまァ、珍しい色ではあるけど、髪と違って唯一無二でもないから問題はないでしょウ』

「そうなんだね、よかった」

『あとはこの眼鏡を掛けると完璧ネ!』

言うが早いか、また何処からともなくポンッと眼鏡が現れて私の顔へ装着される。きっちり微調整してあしらった品みたいにピッタリで、鼻も耳も全然痛くはなかった。

「この眼鏡は、変装用?」

テンプルを掴んで少し顔から離してみる。細いフレームにぐるっと囲われた丸眼鏡で、ちょっと野暮ったい感じのデザインだ。

『半分は正解ネ。その眼鏡の一番凄い所ハ、ヒトの悪意や好意が可視化出来る点なノ。髑髏マークがあるヒトには絶対に近づいちゃダメだヨ』

「……もしかして、好意的だと緑っぽい色合いのオーラ的なものが見えたりするの?」

眼鏡をきちんとかけてララを見ると、ちょうど彼女の周囲に明るめな緑っぽい色が溢れている。もしかしてと思って訊いてみると、『その通りヨ!明るい色味は好意的デ、暗い色味は悪意や不快感だと思って間違いないワ』と嬉しそうに答えてくれた。しかもその瞬間だけブワッとララから花弁が舞い上がっていた。好意的で、尚且つ嬉しい感情が溢れると起きる現象だろうか?

『カカ様は可愛いかラ、街では色々声を掛けられると思うノ。相手を信じても大丈夫かどうかハ、そのマジックアイテムに頼るといいワ。ア、でモ、絶対に自己判断で誰かについて行っちゃダメヨ。何かあったらアタシに相談してネ!』

「……可愛いのは、|“ティアン”《この体》であって、“私”では——」と自分を卑下した発言をすると、それをララは遮った。

『前の状態だった時だっテ、同じ顔でモ、断然可愛いのはカカ様だったワ!“器”も“中身”次第で表情が変わるものなノ。今のカカ様が可愛いのハ、中身がカカ様のおかげだヨ!』と強めに断言された。

「……あ、あり、がとう……」

照れ臭くってそれしか言えない。彼女は火傷の跡がある状態の顔も知っているのに、そう言い切ってくれるララの優しさが本当に嬉しい。なのに、感謝すらも上手く言葉に出来ない自分のスペックの低さが悔しくてならなかった。

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