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「亮介、ホテル行くんじゃないの?」
「ここ、僕の父親の所有してるマンションです。あの家に住む前は、ここに住んでました。部屋はそのままにしてあります。ペット可なので安心してください」
あまりに高級なエントランスに足がすくんだ。
24時間常駐のコンシェルジュを横目にエレベーターに乗る。
重厚な作りというのか、ラグジュアリーというのか。いわゆる億ションという部類なのだろう。
「ときどきは掃除してたんですけど、ここ2週間くらい来てなかったんで、汚れてたらすみません」
亮介は部屋のドアを開けた。
大きな玄関は大理石、上品な香りがしている。
1LDKの部屋はひとつひとつが広い。
亮介が窓を開けると、涼しい風が入ってきた。
窓の外はまばゆい美しい夜景と東京タワーのコラボレーション。
息がとまりそうなほど、きれいな景色だった。
「す……すごいね、ここ」
「夏は、花火も見えますよ」
「あの家に住む理由あったの?」
亮介は目を細めて笑っている。「未央がいたから、あそこに引っ越したんです」
「へ? わたし?」
「そうですよ、それにあの高台から見える景色も僕は好きです。むしろあの家にずっと住みたいくらい」
「ええっと、そのっ……」
「僕、先に風呂掃除しながらシャワー浴びてきます。冷蔵庫、飲み物なら入ってるのでよかったらどうぞ。カップラーメンならあるんで、シャワー浴びたらご飯にしましょう」
「うん……わかった」
いろいろ聞きたいことがあったが、あまりのことにうまく言葉が出てこない。亮介がシャワーにいっている間、未央はバルコニーへ出て夜風にあたった。
これからどうしよう。
家はまた住めるようになるのだろうか。大家さんの部屋は中が丸焦げみたいだったから、もしかしたらそのまま取り壊しになるかもしれない。
あれこれ考え出して胸が痛んだ。
大好きなあの部屋。
未央は静岡で祖母と住んでいた頃の部屋に似ている、あの部屋に住めなくなると思うと、悲しくて仕方なかった。
──あれこれ考えても仕方ない。
サクラも荷物も無事だったんだから、感謝しなくちゃ。
サクラはすっかり部屋になじんで、ソファーに丸まって眠っていた。「未央、おさきに。お風呂も沸いて……」
亮介が浴室から出てくると、未央はソファーで寝息を立てていた。
未央の頭をそっとなでてほっぺにキスをすると、ゆっくり抱き上げて、ベッドに寝かせる。
もう少しあとで、ここに連れてくるつもりだったんだけど……と思いながら自分もベッドで横になった。
──んっ、朝? 見たことない天井、ここどこだっけ……??
「……お、未央、おはよう」
未央は声をかけられてハッと飛び起きた。
「亮介、ごめん。私寝ちゃって……」
「大丈夫だよ、朝ごはん食べる?」
「ありがとう」
亮介は朝ごはんを作ってくれた。トーストにゆで卵にサラダ。コンビニで材料買っただけというが、作ってくれたことが嬉しかった。
「亮介、あの……今後のことなんだけど……」
朝食をたべながら、未央は真剣な表情で亮介に話しかけた。
「うん」
「もし、あの家出てくことになったら、ちょっとの間、私とサクラをここに置いてください。次の物件が見つかるまででいいので」
未央は亮介にペコリと頭を下げた。
亮介はキョトンとして食べていた手を止めて、未央を見つめる。
「未央、そうなったらここで一緒に住まない?」
「えっ……? ……うん亮介がいいなら、一緒に住めたらうれしいけど……」
「じゃあ、決まりね」
その日は仕事を休んで着替えと猫グッズの買い出しをした。
夜だったからわからなかったけど、周りのタワーマンションの中でもここは別格だ。感嘆の息しか出てこなかった。夕方、借家に荷物の整理に行くと、大家と建設会社と思しきひとが話をしているところだった。
この家、どうなるのかな。
ずきずきと胸が痛む。
ため息をついていると、コンコンと、ドアを叩く音がして亮介の部屋に大家が訪ねてきた。