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 その日の相談者は、部屋に入ってきてすぐ、椅子に沈み込んだ。
机に肘をつき、顔を隠すようにして、低い声で言った。
 「……もう、どうでもいいんだよな。何もかも」
 遥は瞬きをした。
相談者の声は、投げやりというより、長い間すり減らされ続けて空っぽになったような響きだった。
 「……何が?」
遥が尋ねる。
 「全部」
彼は机に額を押しつけたまま言う。
「勉強も、部活も、友達も。頑張ったら褒められるって思ってたけど、結局は”もっとやれ”しか言われないし。ミスったら”だからお前はダメだ”って笑われる。……そんなの、やる意味ないじゃん」
 遥は視線を落とした。
――わかる。
わかりすぎるほど、わかる。
 夜の食卓で「だからお前は役立たずだ」と皿を叩きつけられた記憶。
宿題を忘れて笑われ、できても「普通だな」で終わる声。
積み上げても、何も残らない。どこにいても「お前はダメだ」という結論だけが用意されていた。
 「……俺も、そう思ってる」
 遥は小さく吐き出すように言った。
 「毎日、どうでもいいって。頑張っても壊されるし。黙ってても殴られるし。……だったら、動かないほうがマシなんじゃないかって」
 相談者が、ゆっくりと顔を上げた。
 「……じゃあ、なんで生きてんの?」
 「わかんない」
遥は苦笑に近い声で答えた。
「消える勇気もないから、生きてる。……耐えてるだけ」
 その言葉は自嘲だったはずなのに、相談者の目がわずかに揺れた。
 「耐える……」
 「そう」
遥は机の上で両手を組んだ。
「どうでもいいって言いながら、それでも呼吸してる。それって、もしかしたら……まだどっかで諦めきれてないってことかもしれない」
 「……そんなの、強がりじゃない?」
 「強がりでいいんだよ」
遥は視線を外さずに言った。
「どうでもいいって言いながら生き残るのは、強がりのほうが楽だから」
 しばらく沈黙が落ちた。時計の秒針の音がやけに大きく響く。
相談者は小さく息を吐いた。
 「……意味があるのかは、わからない。でも……なんか、少し楽になった」
 遥は返事をしなかった。ただ、机の下で自分の拳を強く握りしめていた。
――どうでもいい。
それでも、こうして息をしている。
その事実だけが、二人を同じ場所に立たせていた。