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路地の先から人の気配が消えても、サペだけはしばらくその場を動けなかった。湿った壁、室外機の熱、誰かが落とした紙片。目に入るものはたくさんあるのに、頭の中には黒い服の背中しか残っていない。
「サペ!」
エリアの声で、ようやく呼吸が戻る。
テオハリはその隙に、肩をすくめてみせた。
「いやだなあ、ずいぶん乱暴な知り合いをお持ちなんですね」
「紙袋を渡した相手が?」
マイナが冷たく返す。
「さあ。私は相談役ですから」
ズジが舌打ちした。
「今の、記事にしたいくらい感じ悪い」
「記事にする前に、証拠が薄い」
ジュレイが短く言う。
サペはようやく一歩前へ出た。けれど、もう遅い。ンドレスの姿はない。路地の先には、濡れた足跡すら残っていなかった。
テオハリはそれを見ると、また営業用の笑顔に戻った。
「では私はこれで。皆さんも、悩みがあったらいつでも」
「二度と来るか」
エリアが吐き捨てる。
店へ戻る途中も、サペは黙ったままだった。
エリアは我慢しきれず、工房の前で振り返る。
「追いかけたかったなら、追いかければよかったでしょ」
「……足が」
「止まった?」
「うん」
サペは自分でも腹が立っていた。ずっと会いたかった相手だ。問いただしたいことも、殴りたいくらい腹の立つことも、山ほどあった。なのに、顔を見た瞬間に昔へ戻ったみたいに動けなくなった。
「今の町は綺麗ごとじゃ守れない、って顔してた」
エリアが言う。
「言葉じゃないのに分かる」
「昔から、ああいう時のあんたは分かりやすい」
サペは工房の柱へ背を預けた。
ンドレスが消えたあの日も、こんなふうに何もつかめなかった。
その夜、机の上の黒い名刺を見つめていると、マイナが新しい相談票を持ってきた。
「次はこれ」
「何」
「恋人のふりをしてほしいって依頼。持ち込まれた先が、黒い名刺の相談窓口だった」
エリアが眉を上げる。
「また恋を売る気?」
「たぶんね」
マイナは紙を裏返した。
「頼まれたのは、カレル」
#勧善懲悪
#勧善懲悪