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カレルは雨庭商店街の手芸店で店番をしていた。普段は奥で針仕事をしていることが多く、声も小さい。けれど、布の扱いだけは誰より迷いがない。
そのカレルが、店の隅で両手をぎゅっと握っていた。
「断れなかったの」
そう言って、目を伏せる。
「友だちが泣きながら頼むから。少しの間だけ、恋人のふりをしてほしいって」
サペたちは、店の閉店後に話を聞いていた。布のにおいと、アイロンの余熱がまだ部屋に残っている。
「その友だちって?」
ズジが聞く。
「和菓子屋の娘さん。相手は、取引先の息子さん」
マイナが先に資料を見ていたらしい。
「親同士が組みたがってる縁談の、真逆だね」
エリアが言う。
カレルは小さくうなずいた。
「本当は、別の人が好きなんだって。でも店のことがあるからって、誰にも言えなくて」
「それで、あんたが恋人役?」
「うん。嫌われた方が早いからって」
サペは息を吐いた。恋のもつれだけなら、外野が踏み込む話ではない。けれど、その相談が黒い名刺の窓口へ流れているなら別だった。
「誰が窓口を教えた」
「お店に来た人。親身になってくれそうな笑い方で……」
「テオハリだな」
エリアが即答する。
カレルはさらに言いづらそうに、机の上へ黒い名刺を置いた。
「これも、渡されたの。うまくやれたら、みんな丸く収まるって」
みんな丸く収まる。
その言い方に、ジュレイがわずかに眉を動かした。
「丸く、の中身が曖昧すぎる」
「たいてい、言い出した側だけが得する言葉だね」
ズジが書き留める。
カレルは唇をかんだ。
「私、代わりでよかったのかなって、少しだけ思ったの。誰かの役に立てるならって。でも、会うたびに、その人たちの目が違っていって……」
利用する側の目だ、とサペは思った。
その時、手芸店の戸がからりと開いた。キオノフだった。紙袋を抱え、申し訳なさそうに笑う。
「遅くにごめん。差し入れ」
「何これ」
エリアがのぞき込む。
「温かい飲み物と、売れ残りじゃない焼き菓子」
「最後の言い方で台無し」
小さく笑いが起きる。けれどカレルの肩はまだ固いままだった。
サペは黒い名刺を見下ろした。
誰かの恋の代わりを立てる。
それ自体でも危ういのに、黒い名刺が絡んだ途端、それはもう恋ではなく取引になる。
マイナが静かに言った。
「裏がある。しかもたぶん、大人の都合で動いてる」
その予感は、翌日すぐ形になった。
#勧善懲悪
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