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……覚悟していた痛みはない。そして冷たい刃の感触も、頭と胴体が離れた感覚もない。
俺は片目を開けて、恐る恐るナイフを確認する。あと少し……ほんの少しのところで、ナイフの刃は止められていた。
「お前……やっぱり、優しいんだな」
俺は見下ろすように、目の前の人物を見る。両手でナイフを掴んでは、寸前で俺の動きを止めたロキは……激しく肩で息をしていた。
視界の隅では、両手で口元を覆っていたセージが、ホッと胸を撫で下ろしている。
「クソっ……クソっ! クソっ! クソっ!!」
俺は『ポンッ』と、ロキの頭に手を乗せる。「試すようなことして、悪かったな」と、謝罪を述べる。
「謝るくらいなら、最初からするな……馬鹿が!」
「まぁ、善処はするよ」
軽く笑って答えれば、ロキに片手で手を払い除けられる。そしてそっぽを向かれたまま、ロキはセージの隣に座り込んだ。
その様子を余裕の笑みで見守り、壁に寄りかかるように腕を組んで目を伏せる。
――――――と、速攻脳内会議へとシフトチェンジした。
心の中でクソデカいため息をつきながら、悟られぬように冷や汗をかく。
(いやいや、自分の首にナイフあてがうとか、そうそう……というか、マジないッスわー! 正直、ちょっと皮切れた時点で『あ、これ無理ぽ……』って、心折れそうだったけど……何とか耐えた! いや〜止めてくれたロキは、マジで神! ロキロキ様々だわー!!)
表面上の表情は、ポーカーフェイスを装っているが……。内心では、恐怖で震える体を、奥歯を強く噛みしめて必死で押えている。本当ならば、漫画でよく見るような、白目を向きながら盛大に、滅茶苦茶に泣きわめきたいところだが……。今の今なので、とにかく我慢する!
――――――なーんて、自分で自分を褒めていれば。ロキとセージが、ジッと俺を見ていることに気づいた。
「な、何だよ……」
俺は内心「まさか、全部口に出てたか……!?」と、ヒヤヒヤしながら無言で見てくる二人に問う。するとロキが、これでもかと眉間に皺を寄せては、不機嫌そうに睨み返してくる。
「……で? 話くらいは聞いてやる。もし僕の納得のいかないような内容なら、今すぐお前の首を切り裂いて魔獣の餌にしてやる」
もの凄く物騒なことを言われたが、悟られなかったことに対し、俺のミジンコ並みの面目はなんとか保たれた。
「おー怖い怖い……。まぁ何だかんだで『一番命を張るのは俺!』……だと、豪語させてもらうぜ」
「ほざけ」
▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁
俺が作戦の内容を全て話し終えた頃には、二人の表情はかなり曇っていた。そして考え込むように口元に手を当て、確認するように俺へ問い返す。
「ヤヒロさん……。その、本当によろしいのですか?」
「……お前、下手したら死ぬぞ?」
二人の反応は、勿論予想通りだった。
「だから言っただろ? 『何だかんだで、一番命を張るのは俺!』だって」
「もし失敗した時……、ヒナコ様やイオリ様の事は、どうするのですか?」
セージの心配する言葉も、想像通り。俺は苦笑いして、指を交差させる。
「今は失敗した時の事なんて、考えてる余裕なんてない。失敗した時は『それまでだった』……それだけだ」
俯きながら、親指を擦り合わせる。
セージが心配してくれるのは分かる。そして、それはとてもありがたいことだ。セージのここまでの心配。
(本心を述べれば……。もしもの時、二人を残すのは心苦しい)
特別な力も、チート的な能力を持ってる訳でもない。ただの一般人だ。それに、俺だって、普通の人間だ。恐怖心がない訳でも、逃げたくない訳でもない。
本当は、別の誰かに代わってもらえるならば、すぐにでも代わって欲しいくらいだ。
「でも……!!」
「やめろ、セージ」
セージの反対を制止したのは、意外にもロキだった。
俺は静かに、ロキの反応を伺う。
「何も、このバカ兄貴。『タダで殺られよう』って訳じゃねーんだ。それを無下にするな」
「だけど!」
「それに……」
ロキは悪戯っぽく笑い、己の拳を手のひらで受け止める。
「上手くいけば、あのいけ好かねぇ道化師ヤローにも、一泡吹かせられるんだ!!」
ロキのその一言に、俺は口角を上げて頷く。
「決まりだな」
セージを見れば、未だに納得していないような顔をしている。しばし無言のまま、考え込むように瞼を閉じ、そして諦めたかのように口元を緩める。
そのままセージはロキの方を向くと、互いの顔を見合って頷く。
二人の同意を得た俺は、腕を突き上げ、道化師が居るであろう場所へ指をさす。
「それじゃあ『魔獣掃討 with 〜 ついでにあの道化師に一発ぶちかましちまおうぜ☆ 〜 大作戦!』、略して『まうぃつど一発大作戦!』……開始だ!!」
「うっわぁ……無駄になげー上に、ダッサ」
ロキの冷たい反応を無視して、俺は念押しするように、作戦名を復唱する。
「えいえいおー! ……ほら、セージも! えいえいおー!」
「え? えい、えい……お、おー……!」
半ば巻き込むように、セージに無茶振り気味に振る。そして俺は、拳を空へ向けて突き上げるポーズを取る。セージも少し恥ずかしそうにだが、俺の動作を真似した。
そんな俺とセージを呆れ顔で見ていたロキは、頭を抱えては、小さなため息をついていた。