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俺の言葉に、二人が頷く。
俺も頷き返し、一歩踏み出すために足を動かそうとする。……が、なにかに縫い付けられたように……。まるで歩くことを忘れたかのように。俺は、たった一歩のために、足を上手く動かせない。
疑問に思っていれば、自分の手が、僅かに震えていることに気づいた。
失敗すれば、俺は死ぬ。……いや、俺だけじゃない。この作戦を共に実行する、セージやロキの命。妹や伊織……それに、下手したらこの街の住人、全員の命だってかかってる。
ロキじゃないが、見ず知らずの赤の他人の為……だなんてお人好しなことも、綺麗事も、俺は言わない。そんな優しい感情など、生憎、俺は持ち合わせてはいない。それに、それを成し遂げられるほどの力を持ってるとも、俺は思っていないし、ましてや驕ってなどもいない。
(……だが少なくとも、俺がこの世界で世話になった宿屋のおじさんや、協会のシスターたち。薄い茶を入れてくれた、あのじいちゃんくらいのためには、守ってやろうじゃねーか……!)
震える手を、気合いで強く握り締め、無理やり止める。そして、セージに背負われた妹を見る。未だに目覚める気配がない、妹の頭へ『ポン』と手を乗せて、軽く撫でる。
覚悟を決めて、重たい一歩を踏み出す。
――――――今度こそ、必ずお前を守ってやる。
▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁
【それ】は、血眼になって、八尋たち一行を探していた。
「どこダ……どこダ、どこダどこダどこダどこダどこダどこダどこダ! どこダァァァァァ!!」
【それ】は手当り次第に露店や屋台を破壊し、建物の扉や窓ガラスを次々と破り壊す。更には魔獣たちを使い、路地裏や建物の影など、人が隠れられそうな場所を、しらみ潰しに探させる。
……なのに一向に見つからない、見つかる気配がない。
「あの黒髪の青年を殺ス、殺しマス! 必ず見つけ出し! その首を、我が主への忠誠の証とし! 献上いたしマショウ!!」
(そして、このワタシをコケにしたあの半魔! あの半魔も黒髪の青年と共に、その首を切り落として並べてやりマス!)
ギリギリと、血が出るほど唇を噛み締めながら、【それ】が大きく手を振り上げ、近くの屋台を破壊しようとした、その時――――――!!
突然の声の主へと、【それ】は振り返る。……そこには、黒髪の青年が、一人立っていた。
青年は、知人でも見つけたかのように「よっ! さっきぶりだなぁ」などと、軽く片手を上げて気軽に話しかける。
「ア・ナ・タ・は……!」
「そう、カリカリすんなって。お前、何だ? カルシウムが足りてねーんじゃねーの? ちょっとちょっと、カルシウムは大事だぜ〜。なんせ、骨を丈夫にしてくれるしな。今の内にしっかり摂っとかねーと、老後の骨密度が心配になってくるぜ」
青年は突然、一人でカルシウムについて熱く語り出す。勿論【それ】は、青年が何を言っているのか……状況的にも、理論上でも、全く理解していない。
そしてひとしきり語った青年は、突然。指を『パチン!』と鳴らすと、いいことでも思いついたように、【それ】に向けて言い放つ。
「そうだ、お前もこれからは毎日欠かさず、牛乳でも飲めよ。健康にもいいし、少しはその知恵の足りないイカれたおつむも、どうにかなるかも知れないぜ? まぁ、知らんけど」
黒髪の青年……もとい八尋は、そう言って【それ】に向けて、挑発するように笑って、自身の頭を指さして数回叩く。
その言動に、【それ】の瞼はピクピクと小刻みに震える。
それを見た八尋は、さらに意地悪く笑う。
「おーおー、さっきまでの澄まし顔が嘘みたいだな。……まぁ、俺的にはそっちの方がお似合いだと思うぜ?」
「ナニ……!?」
「今すぐ鏡みてこいよ? 傍観者気取りでイキりまくった結果、負けフラグをビンビンに立てまくってよぉ。挙句の果てには、無様に醜態を晒して敗北した道化師サマには、うってつけな顔だぜ?」
その言葉に【それ】の眉が、ピクリと動く。怒りに染まった瞳が、ギョロギョロと回って焦点が合わなくなる。
「貴様ァ……! ワタシが……いつ、アナタ方に、敗北したデスって……!?」
八尋は、肩を竦めては【それ】を嘲笑う。
「だってそうだろ? お前はウチの妹どころか、俺みたいな吹けば飛ばされるような、虫けら並みの弱っちぃ人間一人、まともに殺せてないんだぜ? それでいて勝者気取りとか……いや〜、さすが道化師サマ。やることが違う! もう最高過ぎて、草通り越して大草原不可避っすわ〜!!」
身振り手振りでわざとらしく笑っていれば、【それ】の額には次々と血管が浮び上がる。
「グギギギィ……! ワタシはァ……! 敗北など、していナイ!!」
怒り混じりに吐き出した【それ】の言葉に、八尋は「えっ!?」と驚いた顔をする。
「してない? してないのか? あー、なるほど……。そうかそうか、お前は敗北してないって言うんだな。それは悪いことを言ったな。まぁお前がそう思うんだったら、そうなだろうな……。ただし、それはお前の中では、だがな?」
八尋は【それ】へ指をさしては、挑発的な笑みと瞳を向ける。それがさらに、【それ】の気を逆撫でさせていく。
「あっれれー? もしかして正論すぎて、何も言い返せないのー? まさか、論破!? 俺、論破っちゃった!? マジで、やったー! はい論破ー、はい論破ー! 俺の大勝利ー!!」
八尋が「イエーイ」とパチパチ、手を鳴らして喜んでいる一方、【それ】は自身の髪を根元から掴んでは、引き抜かんばかりに手で握る。
怒りで【それ】の白目の部分は、どんどん赤く充血していく。それを、知ってか知らずか……。八尋は尚も変わらぬ態度で、【それ】を煽り倒す。
「まてまてまてまて、あまり強い言葉を遣うんじゃねーよ? 強い言葉を使えば、その分弱く見えるぜ? 小物同然、負け犬の道化師、サ・マ?」
八尋のにやけ顔に、【それ】の怒りは限界まで来る。
「グ……ギィィイィイイイ!!」
怒りに震えた【それ】が、八尋へとカードを投げる。それは八尋の右頬を掠め、そのまま地面へと突き刺さった。
「……おーいおいおい、どうしたー? 手元が狂ってるぞ!? 俺の首はこ・こ! ちゃんと投げろよな、このノーコン!!」
八尋が、自身の首を親指で指す。そして【それ】の怒りは、とうとう頂点に達した。
「イわせデおけババババババァァァァァア!!」
【それ】が、四・五枚のカードを取り出す。そして宙に浮かせたと思えば、そのまま八尋へ向けて一斉に放つ。
「おわっ!!」
間一髪で避けた八尋は、路地裏へ向けて走り出す。
まるで【それ】の言葉が合図かのように、数匹の魔獣たちが駆け出す。
八尋は首だけを【それ】に向けて、大声で言い放つ。
「言っておくがな! 魔獣なんかに頼ってる、お前みたいなクッソ雑魚道化師! 十五分もあれば十分なんだよ!!」
八尋が、裏の路地へと入り込む。その後を追うように、魔獣が飛びかかる寸前。袖に隠していた小さな煙幕玉を、魔獣へと投げつけた。
煙幕で、八尋の姿が隠れる。そして魔獣たちはというと、痺れ効果もあってか、その場でピクピクと小刻みに痙攣する。
「せいぜい、それまでの間に! 俺を見つけ出すんだな!!」