椅子に腰を下ろすなり、彼女は両手を膝の上で組み、視線を床に落とした。
「……私、なんか普通すぎて嫌なんです」
蓮司はペンを指先でくるくる回しながら、微かに眉を上げる。
「普通すぎる、か。なるほどな。で、どういう点が嫌だと思ってる?」
「友達とか見てると、みんな個性的で面白くて。
私だけ、何もなくて……特別なことが何もなくて。つまらない人間みたいで」
声は小さく、でも悩みははっきりしていた。
蓮司は少し考え込み、やわらかく笑った。
「なるほどな……普通すぎる自分が嫌だ、ね。まあ、それもわかる気はする」
彼女は顔を上げ、訝しげに蓮司を見る。
「……でも、どうすればいいんですか。変われる気もしないし」
「変わる必要なんてないかもしれない」
蓮司は言葉を選ぶようにゆっくりと続ける。
「目立つとか、特別になることだけが価値じゃない。普通でいることだって、十分に意味がある」
「でも、普通って……無難で、誰の記憶にも残らない気がして……」
蓮司は小さく肩をすくめ、目を細めた。
「無難? ふむ、確かに目立たないかもしれない。けど、平凡でいることで守れることもあるだろ。自分を傷つけずに生きる力――それも立派な能力だ」
少女は黙ったまま、唇をかすかに噛む。
「……でも、私は特別な人になりたい気もするんです」
蓮司は軽く笑った。
「特別になりたい、な。わかる。誰だって一度は思うもんだ。
でもさ、無理に自分を変えなくてもいい。小さな好奇心を一つずつ試してみるだけで、普通のままでも少しずつ特別になることはできる」
少女の目が少しだけ光を帯びる。
「……そうかもしれません」
「それに、普通すぎるって思ってるのは、勝手な自分の評価だけだ。
他人から見たら、けっこう魅力的かもしれないぞ。ちょっとした優しさ、笑顔、気配り……目立たなくても、価値のある部分は必ずある」
少女は少し笑みを浮かべ、力なく肩を揺らした。
「……蓮司くんって、意外と慰め上手ですね」
蓮司はペンをくるくる回しながら、少しだけ笑った。
「意外と、ね。でも本当のことさ。普通すぎる自分も、ちゃんと意味がある。
無理に飛び出さなくても、少しずつ世界を変えられるんだ。覚えておけよ」
少女は深く息をつき、視線を少し前に向けた。
「……わかりました。小さなことから始めてみます」
蓮司は静かに頷き、ペンをまた回し始めた。
「いい心意気だ。無理に特別にならなくても、日々の中で少しずつ特別な瞬間は作れる。普通でも、十分強いってことだ」