「あの、こんなに買っていただかなくても……!」
たまらず私は声を上げた。
けれども聡一朗さんは「遠慮は禁物だよ」と意にも返さない様子。
なんだか私より聡一朗さんの方が楽しそうに見えるのは気のせいだろうか?
「どれも似合っているものだから、全部欲しくなってしまう」
と満足げに言う聡一朗さんだったけれども、私の顔を見て、
「すまない、俺の好みばかりで決めていたけれども、君はどうなんだい? 気に入ったものはあったかい?」
と気遣ってくれる。
「もちろんです、どれも素敵でした」
「そう言う割には楽しそうな顔はしていないが。――そういえば、ファッションにはあまり関心がないと言っていたね」
私は小さく首を振り、
「おしゃれするのは嫌いじゃないんです、ただ、こういうことに慣れていなくて……」
うちは小さな菓子店でそれほど裕福というわけではなかったので、子どもの頃からあれもこれもと買ってもらうのを遠慮しがちだった。
それでおしゃれすることに疎くなってしまい、おしゃれではない自分にも慣れてどこか自己卑下になってしまって、自分に自信が持てなくなってしまった。
「もし嫌いだったのなら無理強いしたことを詫びるが……金銭面を気にしてとか自分に自信がないから、という理由で思うように楽しめないのなら改めて欲しいな。君はすごくかわいくて綺麗なのに」
「そんな……!」
聡一朗さんからそんなふうに言ってもらえるなんて――私の頭はかっと熱くなる。
理知的で普段から無駄な言動をしない方だけに、本心を言っているように感じられて、余計に嬉しくて恥ずかしい。
「嫌いじゃないならもっとおしゃれすればいい。君なら今よりもっと綺麗になれると思うよ」
「はい……ありがとうございます」
聡一朗さんがそう言ってくれるのなら、もう少し頑張って意識してみようかな……。
なんていう私たちのやりとりを微笑ましそうに見守っていた安田さんだったけれども、はっと申し訳なさそうな顔になって、
「よくよく考えれば私が一方的に選んでいましたね。美良さんの好みをまったくうかがっていませんでした。なにかこういったのが欲しいとかありますか?」
と訊いてきてくれた。
「じゃあ、そうですね、パンツとかもう少し動きやすい物を」
「あ、そうだったわね! 美良さんふわふわっとして可愛いから、ついフェミニンなのばっかり選んでいたけれど、カジュアルにもキメたいわよね」
「い、いえ、お料理とかお掃除をちゃんとするとなると、パンツの方が動きやすいかなと」
スタイリストさんは破顔した。
「なるほどなるほど、先生のためにきちんと家事をしたいんですね! もーう先生ったら幸せ者っ。了解しました、待っててね!」
と、うきうきステップして安田さんは行ってしまった。
その姿を見送りつつ、聡一朗さんが「家事ね」とつぶやいた。
「こんなにしてもらって申し訳ないから、せめてお掃除とかお料理とか奥さんらしいことをしなきゃと思って」
私に大学教授の妻が務まるかは自信がない。
でも、普通の妻としてなら、できることがたくさんあると思ったから。
聡一朗さんは少し戸惑うように間を置いた。
「ありがとう。けど家事なんてしてもらう必要はないよ。俺たちは利害の一致だけで結婚した関係なんだから」
「……」
「俺は若い君の人生を奪った。だから、どんなことも叶えるよう努めるし、金銭面でも苦労はさせない。君は好きなことをして自由に暮らしてくれればいい。家事なんかして無理に俺に尽くす必要もない」
聡一朗さんの言葉は、私を心から気遣ってくれる言葉だった。
私は感謝を示すように彼に微笑んで見せたけれど……心の中では「そうじゃない、そういうことじゃない」って繰り返していた。
聡一朗さん、私はもっとあなたを――。
でも、私たちはそういう関係なんだ……。
安田さんと別れた後、聡一朗さんは結婚祝いということで食事に連れて行ってくださった。
高級なコース料理だ。
でも悶々としていた私は、あまり美味しいと思うことができなかった。
※
結婚生活を始めて、一カ月が経った。
聡一朗さんに言われた通り、妻らしいことはまったくしていなかった。
正確には、できなかった。
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