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相談室に入ってきたのは、少しうつむきがちな男子だった。椅子に座ると、机の上にカバンを置いたまま、しばらく黙っていた。
「……学校、行きたくないんです」
ようやく口を開いた声は、ひどく小さかった。
「でも、親にそんなこと言える家じゃなくて。……朝、ちょっとでも嫌そうな顔すると、“甘えてる”って怒られるんです。だから毎日、無理やり行ってる」
蓮司は椅子の背にもたれ、ふーんと気のない声を出した。
「じゃあ、“行きたくない”のは本音ってことだ」
「……はい」
「親に言えないなら、無理して行くしかない。……まあ、それが現実だな」
少年は目を伏せ、手元をぎゅっと握りしめる。
その様子を見て、蓮司は口の端をゆがめた。
「けどな。“行きたくない”って気持ち自体は、別に悪でも何でもない」
「……え?」
「だって、お前の体と心はちゃんとサイン出してんだろ。“限界きてるぞ”って。それを無視して動かすから、ますますしんどくなる」
少年は顔を上げる。その目に少し涙がにじんでいた。
「……でも、サボるなんて許されない」
「そう思うのは自由だ。でもな――“学校に行きたくない”って気持ちを隠してまで生きてたら、自分の声が消えるぞ」
少年は息を詰める。
「本当は言いたいのに言えない。苦しいのに苦しいって出せない。……そうやって自分の声を潰してるうちに、“俺って何者なんだ”ってわかんなくなる」
しばし沈黙。蛍光灯の音がわずかに響いた。
「……じゃあ、どうしたら」
蓮司は笑った。
「簡単だ。せめてここでくらいは、“行きたくない”って素直に言っとけ」
「……」
「それが口に出せるだけでも、お前の声はちゃんと残る。親に言えなくても、教師に笑われてもな」
少年は小さく息を吐いた。
ほんの少しだけ肩の力が抜けたように見えた。
帰り際、ドアノブに手をかけながら、少年は小さくつぶやいた。
「……ここなら言えますね」
蓮司は片手を振り、皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「おう。俺は別にお前の親じゃないからな。好きに弱音吐いとけ」