テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
2.5次元舞台『漆黒のヴァルキリー』の千秋楽を終え、私は完全にひとつの「役者」としての脱皮を果たしていた。
ネット上では、私が演じたシオンの圧倒的な狂気と美しさが空前の大絶賛を呼び、『トランスジェンダー女優・榊美裕』の名は、もはやイロモノではなく「本物の才能」として芸能界に叩きつけられていた。
そして今日。
舞台を終えた私が久しぶりにC小町としての全員集合のために事務所のドアを開けると、そこには異様な空気が満ちていた。
「——遅かったわね、美裕」
ソファに深く腰掛けたプロデューサーの黒岩Pが、未点火の煙草を指で弄りながら私を見上げる。
その横には、腕を組みながらどこか硬い表情を浮かべる灯ちゃんと、不安そうにソファーの端に座る沙也加ちゃん。
そして——
部屋のいちばん暗い部屋の隅、影の中に「それ」は座っていた。
黒髪ロング、陶器のように白い肌。
無表情で、まるで意志を持たない精巧な人形のような美少女。
「黒岩P……この子は……?」
「C小町の『4人目』のメンバーよ」
黒岩Pの声が重く響く。
「名前は**神城玲奈(かみしろ・れいな)**、19歳。地下アイドル界の闇を生き残り、壊れたまま才能だけを残した……狂気の原石よ」
「地下アイドルの……」
私が息を呑むと、影の中にいた少女——神城玲奈が、ゆっくりと首をこちらへ向けた。
その瞳には、光が一切宿っていない。底なしの深い闇。
玲奈は立ち上がると、音もなく私へと歩み寄ってきた。
そして、私の頬にそっと冷たい手を伸ばし、指先で肌を撫でる。
「……あ」
ゾクッと背筋に冷たい悪寒が走る。
前世で見た、あの『推しの子』の世界に渦巻いていた「ファンの歪んだ狂気と依存」——その純度100%の闇が、目の前の少女の形をしてそこに存在していた。
「……美裕ちゃん」
玲奈の口から出たのは、掠れた、けれど耳にへばりつくような甘い声だった。
「やっぱり……生で見ると、もっと綺麗。壊れてるのに、光ってる。……私、美裕ちゃんのこと……好き」
「玲奈ちゃん……?」
「私ね、光を愛しすぎちゃって、全部壊して地下を追い出されたの」
玲奈は無表情のまま、うっとりと目を細めた。
「でも、美裕ちゃんは壊れないよね? だって、男とか女とかそういうちっぽけな枠を自分でぶち壊して、そこに立ってるんだもん。……私を、壊さないでね?」
圧倒的な執念。
美裕という存在への、狂気的なまでの「執着」。
「……触らないで」
冷ややかな声が割り込んだ。
宵闇灯が前に踏み出し、私と玲奈の間に割り込む。
「玲奈、言っておくけど、ここは地下の泥沼じゃない。あんたのその血の匂いがする狂気……ムカつくのよ。静かにしてくれない?」
灯の鋭い眼差しが、玲奈を射抜く。
灯の持つ「静の美」と、玲奈の持つ「血の惨劇のような闇」。完全なる対極。
玲奈は灯を見つめ、クスッと小さく笑った。
「灯ちゃんの美しさは……綺麗すぎてムカつく。私が汚してあげようか?」
「やってみなさいよ」と灯が冷たく言い放つ。
「あ、あの二人とも……! ケンカはダメです……!」
沙也加ちゃんがオロオロと間に入ろうとするが、玲奈は沙也加ちゃんの方を振り返り、悲しそうに首を振った。
「沙也加ちゃんはいいよね……純粋に『推し』を愛せるから。私なんて……推しを愛すれば愛するほど、壊したくなっちゃうのに」
「玲奈ちゃん……」
沙也加ちゃんは怯えながらも、どこか玲奈の瞳の奥にある痛みに気づいたように、それ以上は責められずに立ち尽くした。
光だけじゃ、アイドルは作れない。
黒岩Pが静かに口を開いた。
「美裕の『境界を超える光』、灯の『静のカリスマ』、沙也加の『圧倒的な光の愛』。……そこに玲奈の『純度100%の闇』が混ざることで、C小町は完成する。伝説のB小町すら持っていなかった、芸能界の狂気を呑み込む怪物になるのよ」
「……」
私は自分の胸に手を当てた。
冷たい玲奈の指先の感触が、まだ肌に残っている。
恐ろしい。でも——ぞくぞくするような興奮が、全身を駆け巡っていた。
前世の私が『推しの子』を読んで感じていた、芸能界のリアルな「闇」と「愛」。
その闇の象徴である神城玲奈を抱えて、私たちはステージに立つんだ。
「よろしくね、玲奈ちゃん」
私は逃げずに、玲奈の黒い瞳をまっすぐに見つめ返した。
「あなたの闇も、私の過去も、全部抱えて……最高のC小町を作ろう」
玲奈は一瞬だけ目を丸くし——そして、この日初めて、少女らしいけれどどこか歪な、美しい笑顔を咲かせた。
「……うん。美裕ちゃんになら、私……全部あげる」
異端(美裕)、カリスマ(灯)、愛(沙也加)、そして狂気(玲奈)。
四つの歪なピースが揃った。
B小町の背中を追うのではない。
私たちはこの『推しの子』の世界で、誰よりも深くて眩しい、新しいアイドルの歴史を刻むのだ。
「C小町——完全体、始動ね」
黒岩Pの不敵な笑みとともに、私たちの物語は最高潮の熱量を持って、次なるステージへと動き出した。
コメント
1件
キュルノさん、第13話読みました……! 神城玲奈ちゃん、すごく怖くて美しい子ですね……。無表情で「光を愛しすぎて全部壊した」って語るシーン、背筋が冷たくなりました。灯ちゃんとの対決も最高でした。「静の美」と「狂気」のぶつかり合い、ゾクゾクします。沙也加ちゃんがオロオロしてるのも可愛かった……。 美裕ちゃんが「闇も過去も全部抱えて」って言ったところ、胸が熱くなりました。4人のC小町、完全体、楽しみすぎます……!
71
#【推しの子】
#SAKAMOTODAYS
おとうふ 紹介文読んで🙇
141
りな
65