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る る あ ︵ ︵ 🌈🍑
かんすい
青森から車を走らせること数時間。たどり着いたのは、盛岡の老舗そば処。 「……先輩、まさかとは思いますが」 「察しがいいな。岩手に来たら、これに挑まずして去れるか」 先輩の指す先には、『わんこそば』の看板。
給仕さんの「はい、じゃんじゃん!」「はい、どんどん!」という威勢のいい掛け声が響く店内。 私たちはエプロンを締め、空のお椀を前に並んで座った。
「いいか、負けられない戦いだ。目標は100杯だぞ」 先輩が眼鏡のブリッジを押し上げ、獲物を狙う鷹のような目で給仕さんを見据える。
スタートの合図とともに、次々と投げ込まれる一口大のそば。 「はい、じゃんじゃん!」 「……ふっ」 先輩は無駄のない動きで啜り、即座にお椀を差し出す。そのリズム、まさに精密機械。
一方の私は、30杯を過ぎたあたりで早くも苦しくなってきた。 「せ、先輩……もう……」 「諦めるな。薬味を使え。ネギと紅もみじおろしで味を変えるんだ。攻めの姿勢を忘れるな!」 ……仕事の締め切り直前より、よっぽど厳しい指導が入る。
「はい、どんどん!」 先輩の積み重なるお椀が、ついに私の背丈ほどになった。 ついに大台の100杯目。 「……くっ」 最後の一口を飲み込み、先輩が素早くお椀に蓋を閉じる。その瞬間、彼は今日一番の達成感に満ちた顔で、深いため息をついた。
「……103杯。……勝ったぞ」 「誰にですか……」 私は52杯でギブアップ。証明書を手にして、私たちは這いずるように店を出た。
パンパンに膨らんだお腹を抱え、車は**「小岩井農場」**へ。 夕日に照らされた一本桜を眺めながら、ベンチで休む二人。
「……さすがに、食いすぎたな」 先輩が少しだけ苦しそうに、でも満足げにネクタイを緩める。 「先輩、あんなに必死な顔、会社じゃ絶対見せられませんよ」 私が笑うと、先輩は少しだけ決まずそうに視線を逸らした。
「……お前の前だからだ。格好つけてる余裕なんて、この旅には必要ないだろ」
不意に、先輩の手が私の手に重なる。 「……次、どこ行きたい? 宮城か、福島か」 先輩の指先から伝わる熱は、お腹いっぱいの幸福感とはまた別の、甘い痺れを運んできた。
「……宮城の、『牛タン』……食べたいです」 「よし。じゃあ夜の三陸道を走るぞ。デザートは**『ずんだシェイク』**だ」
車内に流れる心地よい音楽。 岩手の星空の下、私たちは次の「美味しい」を探して、また走り出す。
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