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翌日の昼、テラスで開かれた宿泊客向けの挨拶会は、なぜか妙に弾んでいた。ベジラが新しい飾り帽子を被って現れるたび、彼女は声を高くして言う。
「アメイジング!」
何がどう驚異的なのかは分からない。けれど本人はとても楽しそうだ。周囲も最初のうちは笑っていた。
問題は、ラウールがそれを真似したところから始まった。
「本日の海風も、ア、アメイジング!」
噛んだ。
「この焼き菓子もアメイジングで、つまり、その、たいへんアメイジングで」
同じ言葉を三度重ねたあたりで、客たちの笑顔が微妙になる。ベジラもさすがに困った顔で手元のカップを見た。軽い言葉は、軽いまま使い続けると空気を薄くする。
そこへ、給仕の少年がトレイを傾けた。グラスが危うく倒れそうになる。
ディアビレはすばやく受け止め、何事もなかったようにテーブルへ置き直した。
「海風は逃げません。お菓子も冷めません。ゆっくりどうぞ」
それだけで、客席の肩からふっと力が抜けた。小さな笑いが戻り、老夫婦の一組が「そういう言い方、好きだな」と囁き合う。
ラウールは救われた顔で胸を押さえた。
「ありがとう、今の一言で助かった……」
ベジラは唇を噛み、目だけでディアビレを見た。羨ましさと悔しさが混じった顔だった。
その日の片づけのあと、ジナウタスが空のカップを洗いながら言った。
「安売りすると、言葉は痩せる」
「誰かさんにも聞かせたいですね」
「おまえには聞こえてるからいい」
ひどく短い会話なのに、不思議と励まされる。言葉を雑に扱わない人が一人いるだけで、今日一日の疲れ方まで違った。
離れた場所で、ラウールがひとり練習している声がした。
「アメイ……いや違うな。ようこそ、の方がいいな」
ディアビレはとうとう吹き出した。今日は少しだけ、ホテルの空気がやわらかかった。
風宮 むぅまろ🦇🍀︎ 🍬🍚
#海辺の町