「……日下部くん。私、姉と比べられるのが嫌なんです」
机に肘をついた女子は、ため息をこぼした。
「姉は成績もいいし、運動もできるし、性格も明るい。
親も先生も、“お姉ちゃんを見習いなさい”って。
……言われすぎて、もう自分のことが何もわからなくなってきて」
日下部は椅子にもたれて、腕を組んだ。
「……姉ちゃん、そんなに完璧なのか」
「はい。ほんとに。比べられたら勝てるとこなんてないんです」
女子は苦笑いしたが、その声は震えていた。
「でも、比べられて嫌だって言ったら、“負け惜しみだ”って思われそうで。
だから、ただ黙って……心の中でぐちゃぐちゃになってます」
日下部はしばらく黙ってから、ぼそっとつぶやいた。
「……俺、弟に勉強で抜かれたことある」
女子は顔を上げた。
「え……?」
「ちっちゃいときは“兄貴なんだから”って言われてたのに、中学くらいからあいつのほうが点取るようになってさ。
親は“お前も頑張れ”って言うけど……心の中じゃ、“比べんなよ”ってずっと思ってた」
女子は小さく目を見開き、それからふっと笑った。
「……日下部くんでも、そういうのあるんですね」
「あるよ。当たり前だろ。
比べられんのってさ、自分が否定されてるみたいで……めちゃくちゃきつい」
女子は机の端を指でなぞりながら、ぽつりと言った。
「……でも、私はお姉ちゃんみたいになれないし」
「なんなくていいだろ」
日下部の声が低く響いた。
「お前はお前だし。姉ちゃんのコピーになったって意味ねぇよ。
……むしろ、比べられても自分を失わねぇほうが、ずっとすげぇと思う」
女子は目を伏せ、少し黙り込んだ。
「……でも、自分の“すげぇところ”なんて、全然わからないです」
日下部は口を結んで考え込み、それから机を軽く叩いた。
「……わかんなくてもいいよ。今は。
でも、“姉ちゃんに勝てるとこ探さなきゃ”じゃなくて、“自分がちょっとでも好きになれるとこ”を見つけろよ。
……そっちのほうが長続きする」
女子はふっと息をもらし、口元にかすかな笑みを浮かべた。
「……なんか、少し楽になりました」
「楽にすんなよ」
日下部はわざとぶっきらぼうに言って、視線を外した。
でもその耳が、ほんの少し赤くなっているのを女子は見逃さなかった。
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