この世界ではごく稀に、よそから訪れる人がいた。
その者たちは確かにこの世界に住む人々とは違う存在だった。姿形が違うのは当たり前、だいたいは非力なのに不思議な道具を駆使して何者も敵わない無類の強さを持っていたりした。
そんな彼らは世界を渡る技術を確立したのだという。自分たちの世界から出て他の世界を旅行してるのだという。
彼らは物珍しそうにこの世界を旅する。こんなに未開の地がとか、頭に耳の生えた者がとか、馬が箱をひいているとか。
では彼らは旅行者なのか、それとも悪意を持った侵略者だったのかと言うとあくまでも旅行者なのだ。
確かに彼らには目に映るもの全てが珍しいようだが、自分たちの世界の便利さ、この世界の不便さというところで、永住したりする事なく少しの間旅行しては元の世界へと帰って行く。
ある時、そんな旅行者の中に帰らない者が現れた。どこの世界にも変わり者はいるようで、不便さを天秤にかけてもこの世界に惹かれたようだ。
その者はこちらに馴染み、ヒト種族と呼ばれる者たちの国で恋愛をして居を構えた。こちらの世界で何か特別なことをするわけでは無い。こちらの世界のヒトたちと同じように生きたが、とうとう子をもうけることはなかった。生物として相容れなかったようだが、それでも寿命が尽きるまで生きた。
そうすると一つこの世界には無かった物が残る事になった。彼らが確立した技術だ。
それは魔術の概念のあるこの世界の知恵者達によって研究される材料となった。しかし未知のエネルギーによって動作するその技術の箱は、エネルギーを補填してから30日が動作の限界らしく、戻る気のなかった持ち主は補填する事なく息を引き取ったために、その動作を実際にさせることは出来なかった。
それでも何世代にも渡って研究される事によって、魔術での実行に成功するに至った、とされる。断言出来ないのは、実行した者が帰って来ることがなかったからだ。
この世界において魔術は自身の中にある少しの魔力で、世界に満ちた魔力に干渉して起こされる現象であり、つまるところ行った先に魔力がないと仮定した時、帰る術がない事に気づいたのだ。
そうすると、実績のないそれを次に行う者など現れるはずもない。行った先が生きられる場所かも不明だ。
この頃にもなると飽きられたのか世界を越えて現れる旅行者はとうにいなくなり助力を頼む事もできない。魔力に頼らない技術もこの世界には無い。
自然と廃れていく研究となった。
時は巡り、そんな話は一部の研究者のみが議論を交わすだけの話題でしかなくなったが、その一部によって形を変えて実用化されることとなった。
ほんの興味でしかなかった。研究に身を置く者にとっての実験。行っても実証出来ないなら呼べばいいと。おそらく何かしらの結果は得られるはずだと。
そう方向転換すると研究はどんどんと進んだ。世界を渡り干渉する、そのために使われる魔力、その先の世界を限定する方策に使われる魔力。そしてその対象を呼び寄せる魔力。
過去に人ひとり飛ばした際の魔力は、この世界で50m四方の木々を一瞬で灰にするくらいのもの。
では今回の用途にしてみると、それは山ひとつの木々を灰にするくらいの、大魔術に相当するとされた。
そんな魔術などないし、試行の記録もない。どれほどの人数の魔術師の力が必要か、それすらも未知だ。それも今更の話でそもそものこの試みが未知なのだからと、賛同する108人の研究者によって、儀式という形で効率を高めたうえで行われた。ヒト種族によって行われたこれがこの世界のはじめての召喚儀式である。