豪は、どうしてもこの二つの腕時計で『俺と奈美』を表現したかった。
何よりも、このカスタマイズ腕時計は、裏蓋に刻印ができる。
——Go&Nami 2023.4.××
豪と奈美が出会った日を、二つの腕時計に刻印してもらったのだ。
「奈美、時計の裏蓋を見てみ?」
「裏蓋……?」
奈美が小首をかしげながら時計を手にして、裏に返す。
「えっ? この日付って…………もしかして……」
「俺たちが初めて出会った日だ。忘れたか?」
彼女が豪を見つめたまま、数回首を横に振る。
「忘れてないよ。っていうか、忘れるはずがないよ。豪さんが覚えていたのが意外というか……覚えていた事が嬉しい……」
豪は、今まで付き合ってきた女と出会った日なんて、一度も覚えていた事なんてなかったが、奈美と出会った日だけは忘れていない。
二人の場合、出会い方が特殊だったというのもあるが、豪はこの日、彼女に一目惚れしたのだ。
「やっぱり豪さんは女性が喜ぶ事をよく知ってる……っていうか知りすぎだよ……」
はにかんだ表情で、彼女がクスリと笑う。
「奈美限定だけどな?」
彼は、微笑みを見せながら奈美の髪を一房掬い、耳に掛けると、彼女が唇を弓形にさせて顔を僅かに伏せた。
「奈美」
小さな両肩に手に添えて、彼に向かい合わせる。
豪の呼び掛けに、俯き加減の奈美が、ゆっくりと顔を上げた。
「俺はずっと、奈美と一緒にいたい。これから先の二人の時間を……一緒に刻み込んでいきたい」
彼は湧き上がる緊張感を解すように、大きくため息をつくと、全ての想いを乗せ、人生一大事の言葉を奈美に告げる。
「奈美。俺と…………結婚してほしい」
静寂に包まれたリビングに響く、プロポーズの言葉。
「私で…………いい……の?」
アーモンドアイが徐々に見開かれていき、彼女がポツリと零す。
「奈美でいい、じゃなく、俺は奈美がいいんだ」
彼女が目を丸くしながら、豪をじっと見つめる。
辿々しく右手で口元に当てると、黒い瞳は濡れ、雫が静かに頬を伝っていった。
「俺の一生を賭けて…………奈美を幸せにすると……ここに誓う」
言葉を失ったまま、奈美は尚も豪に眼差しを送る。
「よろしくお願い……しま……す……」
奈美が泣き崩れそうになりながら、彼に一礼した後、徐に顔を上げると、涙を零しながら笑みを湛えている。
豪は、そんな奈美が愛おしくて強く抱きしめた後、濃茶の艶髪に唇を落とした。
彼女が腕の中にいるだけで、癒されるし、ホッとする彼。
奈美と過ごす初めての聖夜は、可惜夜(あたらよ)という言葉に相応しく、尊い大人の時間だ。
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