コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
放課後の美術室。
机の上に置かれたキャンバスに、三人はいつものように寄り添っていた。
藤本はるとはクラスの中心というほどではないけれど、
絵を描くときだけは誰よりも真剣な瞳を見せる少年。
結城るなは柔らかな声で笑いながら、
金沢かりんは自由奔放な筆さばきで、
空白のキャンバスをあっという間に青く染めていった。
「ねぇ、目を描いてみよう」
かりんが軽い調子で言った。
るなが微笑んで頷き、はるとも面白半分に筆を取る。
――青い少女の瞳がこちらを見返した。
その瞬間、美術室の空気がひやりと冷たくなった。
窓の外で風がざわめく。
るなが思わず筆を止めた。
「……今、笑った?」
かりんが小さくつぶやく。
確かに、描いたばかりの青い子の口角が、
ほんの少し上がったように見えた。
その夜、三人は同じ夢を見た。
真っ青な夜の海。
水面に浮かぶ少女が、冷たい声で囁く。
「わたしを完成させて。
さもないと、あなたたちの色を奪う」
翌朝、るなが鏡を見て叫んだ。
彼女の右目の青が、わずかに淡く消えていた。
かりんのスケッチブックの青色も
はるとの絵具の青も、どんどん薄くなる。
三人の周りから“青”が消えていく現象が続き、
美術室の絵だけが鮮やかに輝き続けた。
「呪いだよ、あの子が私たちに試練を出してる」
るなが震える声で言う。
はるとは唇を噛みながら、
「完成させろって、どういう意味なんだ」
と自問する。
三人は放課後、再び絵の前に集まった。
青い子の瞳はどこか寂しげに光っていた。
かりんが筆を握る手を止め、
「もしかして、この子……“誰か”を待ってる?」
と呟く。
過去の記憶が少しずつ蘇る。
三人が小学生の頃、
取り壊された古い遊園地の壁に
“青い子”と呼ばれる落書きがあったことを。
かつて三人が幼い頃に出会った
青いワンピースの少女――
名前も知らない子供時代の友達。
「大きくなったらまた遊ぼう」
そう約束したまま、
彼女は忽然と姿を消した。
絵の中の青い子は、あの少女だったのか。
もしそうなら、
“完成”とは何を意味するのか。
夜、再び夢の中で少女が現れた。
「わたしを忘れないで」
その声は、呪いではなく
ただの寂しさに震えていた。
るなは涙を流しながら叫ぶ。
「私たち、忘れてない!
あなたをちゃんと描ききるから――!」
はるとが筆を取り、
るなが隣で色を混ぜ、
かりんが大胆な線を引く。
幼い記憶を思い出しながら
三人は彼女の髪、瞳、微笑みを
最後まで描ききった。
描き終えた瞬間、
美術室に青い光が満ちた。
翌朝、三人の世界に青が戻った。
るなの瞳も、かりんのスケッチも、
はるとの絵具も、
以前より鮮やかに輝いている。
完成した絵の少女は、
微笑みながら静かに目を閉じていた。
夕焼けの美術室で、
三人は絵に向かってそれぞれの想いを告げた。
「もう一度、会えてよかった」
「私たち、ちゃんと覚えてるから」
すると、絵の中の少女が
最後に小さく頷いた気がした。
呪いは解けた。
けれどそれは“怖いもの”ではなく、
忘れかけていた大切な記憶を
取り戻すための贈り物だった。
はるとは青で空を描き、
るなは青で海を描き、
かりんは青で未来を描く。
三人が選ぶそれぞれの道に、
あの日の“青い子”が
静かに光を残していた。
絵は今も美術室に飾られている。
風が吹くたび、
キャンバスの中の少女は
どこか誇らしげに微笑んでいる。
そして今日も、
青という色が
彼らの未来を照らしていく。