テラーノベル
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このお話は全て私の創作であり、
現存する人物や、物、街は一切関係ありません。
あらすじの情報や注意喚起を読んでいない方は、必ず読んでからご視聴ください
「将来はどんな人になりたいですか?」
話を聞こうと生徒が教卓を見ていると、先生が問いかけてきた。
「なりたい職業や大きな目標、きっと皆さんも持っていますよね」
笑顔で先生はみんなに訊いた。
生徒はその突然の質問に、少し戸惑いながらも考え始め、
「俺は消防士になりたい!」
右端の生徒が答えた。
「私はお医者さん!」
後ろの生徒がつなげて答えた。
「僕は金持ちになりたい!」「お城に住んでみたい!」
どんどん答える生徒が増えた。
気づけば生徒のほとんどがその将来の話に夢中になっており、
さっきまで談話をしていた生徒も、指スマをして遊んでいた生徒も
いつのまにか辞めて、先生の質問に答えていた。
先生は満足そうだ。
生徒は楽しそうだ。
そんな中、一人の生徒が周りに聞こえない声でぽつりと呟いた。
「そもそもまともな人になれるとも限らないのに…」
8月
多くの人が集まるこの都心では、 灼熱の太陽が地面や建物というあらゆる場所を焼き尽くして、
みんな汗という汗をだらだらと滝のように流していた。
みんな少しでも涼しくなろうと、木陰やミストの出る駅の近くで屯っている。
ピヨピヨと信号が青に変わり、暑くて顔が赤く染まり、太陽は眩しく金色に光っている。
「ま〜じであっついし人多いし最悪…」
ため息混じりにそう呟いた高身長の青年は、男らしからぬピンク色の上着に縞模様のTシャツを着飾っており、 髪は黒く、小型扇風機の風で長いストレートヘアがふわふわとひらめいていた。
「仕方がないでしょう?それに暑いなら上着を脱げばいいじゃないですか」
青年の隣を歩いていた、少し小柄の青年は、この暑さというのに黒めのスーツに真っ白なシャツを着て、髪は群青、少しやんちゃなギザギザの髪型をしていた。
「仕方なくねぇよ、誰のおかげでこんな温暖化したと思ってんだ!」
高身長の青年は小柄の青年に八つ当たりした。
「それは私たち人間の所為じゃないですか。もっと緑を大切にしていきましょう?
それに、いつか自然が私たちに味方する時が来るかもしれませんし。」
「そんな都合のいいことがあるかね〜」
高身長の青年は適当に答えた。
信号が赤になりかけるころ、小柄の青年が高身長の青年に訊いた。
「ねぇバロウさん、そろそろ今日の用事についてしっかり話してくれませんか?」
高身長の青年、バロウは答えた。
「お前聞いてなかったっけ?」
「全く。」小柄の青年は肩をすくめた。
「今日は宙さんの誕生日プレゼントを買いに行く日だろ?」
「私はもう買っていますよ。素晴らしいプレゼントをね。
あなたまだ買っていなかったんですか?もう明日ですよ!」
小柄の青年はバロウに指を指して言った。
バロウは少しイライラして舌打ちをした。
「ほんとに…鉄田、お前は堅物で自分勝手で困るんだよ 〜。」
小柄の青年、鉄田はキレ返した。
「自分勝手はあなたもでしょう!あなたはあなたで計画性がなさすぎる!」
「なんだよ、素直に自分勝手なことを認めるのか?」
「今はあなたの計画性のなさの話でしょう!」
しばらく睨みあっていたが、数秒経ってバロウが呆れて引き下がった。
鉄田の方が意外と短気なようだ。
「もういいや…さっさと菓子でも買って済ませよ。」
「もっと思い出に残る物にした方がいいんじゃないですか?
お菓子なんて宙さんでも買えますよ。」
「むしろだよ。思い出なんて作っても意味ねぇじゃんか、宙さんじゃさ…」
当たり前のことを言うように、バロウは言った。
暑い夏、
エアコンの効いたマンションの一部屋、
ベランダは日がさしているが、そよ風が肌に心地よく吹いている。
上階から街の景色を眺めていると、裏路地には何か小さな生物が蠢いていた。
『宙さん』と呼ばれるその人物は、その小さな生物に気がついて、すぐに部屋を出てマンションの古い階段を駆け下り、その路地へと颯爽にかけて行った。
宙さんは、実は人間ではない。
かと言って、なんの生物かもよくわかっていない。
その宙さんは、バロウよりも少し背が高く、淡い緑髪に、ツインテールのようにお団子が二つ付いている。髪はまだ伸びていて、襟足のところでその二つの髪が一つ纏められており、その伸びた髪は太ももあたりまで伸びている。目は常に閉じているようで、実際開いていないが前が見えているんだとか。服は白い大きなマントに首元はセーラー服のような襟とスカーフが付いている。
宙さんに性別はない。年齢という概念もない。目、鼻、口、耳もなくても生きていけるらしい。
生まれた場所は分かっていない。生まれた年も。なんでこの世にいるのかも分かっていない。
ただ、宙さんの願いは一つ…
「人間になりたい」
そのため、宙さんはバロウや鉄田の協力のもと、人間になるための努力をしているらしい。
明日は宙さんが二人に初めて出会った日。3人は毎年これを誕生日として祝っている。
宙さんは誕生日のことなど忘れて、急いで階段を駆け下りた後、裏路地へと向かっていた。
裏路地は日があたらず涼しくて、よく動物やおじさんが休憩したりしている。
宙さんは暑いという感覚もないので、裏路地に来ることも、エアコンの効いた部屋も意味はない。
でも、これは意味がある行動なのだ。
なぜか?
それは人間がする行動だから。
弱々しく蹲っていた小さな生物が段ボールに雑に裏路地に置かれていたら、人は必ずその生物を助けに急いで向かうだろう。そう宙さんは思ったのだ。
走ってきたにも関わらず、宙さんは息切れもせず、ただ生物を見つめた。
「だ、大丈夫…?ご飯食べてないから弱ってるのかな…」
宙さんは困惑することを知っていた。
「何か食べ物を…いや、でも君をほったらかしにしておくわけには行かないし…」
宙さんはご飯を食べると元気になることを知っていた。
「それにしても、君とても不思議な見た目をしているね。みたことがないよ。
まぁ、他の動物がどんな見た目をしているか、完璧に覚えているわけじゃないけどね…」
その生物は、目がないが宙さんを見つめるように上を向いて、先ほどの弱々しい姿はまるで演技かのようにぴょんぴょん跳ねて喜んでいた。
「とりあえず家に連れて行こう!家なら食べ物も寝るとこも遊ぶところもあるし!」
宙さんは家がどんな場所かを知っていた。
宙さんの言葉を理解したかのようにその謎の生物は頷いて、特に何も発せずただお利口に段ボールの中で足を曲げていた。
ひょいとその段ボールを持ち上げると、そそくさとマンションの方へ向かい、階段をガタガタと音を鳴らして登り、扉を勢いよく開けた後、優しく閉めた。
「腹減った」
謎の生物が突然、人の言葉を話した。
その生物に口は見当たらなかったが、確かに声を発していた。
宙さんはまだそれに対し、びっくりする感情を知らなかったので、謎の生物が話せることを知って、 ワクワクの感情が生まれた。
「君、お話しできたんだね!」
「まぁね。外で無闇に声出したら周りの人に見られるかと思って。」
想像より流暢に喋るものだから、宙さんのワクワクはどんどん噴水のように湧き上がっていった。
「そんなことより、ワシ腹減ったんですわ。なんか食べもんないの?
できればしょっぱい系の〜唐揚げとか食いたいんだけど。」
その謎の生物は少し上から目線に宙さんに命令した。
「わかった、探してみるね!」
(あの子口ないけどどこから食べるんだろう?)と宙さんは珍しく頭の中で考えた。
宙さんは口から意外での食事は一度もしたことがないので知らなかったのだ。
その謎の生物は、全身がふわふわと毛玉で覆われており、目、口、耳はなく、鼻らしき真っ赤な丸いふわふわが顔らしきところに一つ。手足にも同じようなふわふわの丸があり、頭の上にも触覚のようなものの先っぽにふわふわがついていた。
宙さんは冷蔵庫から昨日の残り物の天ぷらを取り出して、お皿に移して謎の生物に餌付けした。
「ごめんね!唐揚げはなかったから天ぷらでいいかな?」
「え〜?仕方ねぇな〜、まぁ今回は特別に、な!」
そうまた上から目線に言うと、謎の生物は目にも止まらぬ速さでヒュッと天ぷらを吸って、その後鼻のようなふわふわをもぐもぐさせて飲み込んだ。
「わぁすごいね君!食べるのが早いし、どこから食べてるの?」
宙さんは気持ち悪がりもしなかった。
「まぁワシにかかりゃこんなもんだな。崇んでもいいんだぞ?」
段ボールの上に乗って見下ろすようにして、宙さんにドヤ顔らしきポーズをとって言った。
「次次!次は甘いものが食いたい!早く用意してこい!」
「わ、わかったよ!ちょっと待っててね!」
バロウと鉄田は両手に大量の菓子袋を持って、家に帰ろうとしていた。
「本当にお菓子だけでよかったんですか?」
「宙さんに高級料理は似合わないって〜。
それに宙さん 最近お菓子好きになったらしいからさ?いっぱい食わせたら喜ぶだろ!」
「太ったり虫歯にならないといいですけどね…」
「宙さんは人間じゃねぇんだから、太りも虫歯にもならねぇだろ。」
二人で会話をしながらマンションの階段を登っていると、少し辺りから異臭がした。
二人とも同時にそれに気づき、バロウはすぐに鼻を摘み、鉄田は部屋へとかけて行った。
「…扉の向こうから異臭がする…」
眉間に皺を寄せて、鉄田がドアを引くと、掛けたはずの鍵が空いていた。
宙さんが外に出て閉め忘れたのか、と冷静に考えた後、宙さんが 何かやらかしたのではないかと嫌な予感がし、腕のあたりに鳥肌ができた。
そしてガチャリとドアを開けると、目の前まで宙さんが走ってきた。
「ど、どうしたんですか宙さん?」
「今お菓子がどうしても必要で!」
急いでいる宙さんの言葉は主語がなく、鉄田も後ろのバロウも混乱していた。
「は…?どゆこと?」
「ごめんね…!急ぎの用事があって… 」
宙さんは二人の手元に注目してはっとした。
「あれ…それってお菓子?」
「あ!こ、これはその…」
「丁度今必要だったんだ〜!ねぇ、少し分けてくれないかな?」
鉄田が冷静を取り戻して宙さんに訊いた。
「急ぎの用事ってなんなんですか?何か困りごとでも?」
実は…と宙さんが言いかけた途端、二人は後ろにいる謎の生物が目に入った。
「え?」
再び二人は混乱した。
「お、何こいつら?お前の仲間か?」
謎の生物が他人事のように訊く。
「そうだよ!この二人は住ませてもらってる僕の友達でーー、」
「ちょ、ちょっと待った!」
二人は揃って大声をあげた。
「誰… ってか、なんなんですかこの気色の悪い生物?!
勝手に家になんか入れたらダメでしょう!」
「なんだこいつ…うわ臭ッ!銀杏みたいな匂いすんぞ!?早く追い出してこい!」
大声で怒鳴った。
「そ、そんな…この子裏路地で弱っててね!だから助けてあげないと…」
「そんなの必要ありません!その証拠に、今この生物がはピンピンしているでしょう?!
元気な証拠です!なので早く保健所か警察署に届けてきてください!」
「それか猛獣駆除な!」
宙さんは否定しようとしたが、何をすれば正解なのか知らなかった宙さんは二人の言うことを聞くことにした。
「わかったよ…でも最後にお菓子だけで持たせちゃだめかな…?」
「ダメです!」
「お願い…!」
宙さんは開かない目をキラキラさせて二人を見つめた。
バロウは追い出すの一点張りだったが、鉄田は宙さんのキラキラに少し罪悪感を覚え、しばらく悩んで、小さな声で答えた。
「仕方ないですね…一個だけですよ?」
「ありがとう!よかったね!」
「まぁ当たり前だと思うけどな。」
「おい謎の生物!あんたはとやかく言える立場じゃないんですよ!」
「はいはいサーセン。じゃあお菓子はよ。」
謎の生物の対応に、鉄田さんは先ほどの発言を心の中で後悔した。
「はい、僕のお気に入りのチョコレートだよ!」
宙さんが謎の生物の手ーふわふわの上ーに乗せると、その生物は足りなさそうにちぇと舌打ちをした後、チョコレートをまた目にも映らぬ速さで吸った。
「うわ、食べ方きも〜…」
バロウが顔を引き攣りながら肩をすくめて言った。
「化け物ですね…全く、次はこんな宇宙人家に入れないでくださいよ?」
「ごめんね…」(一応僕も宇宙人だけど…)
その時だった。
常に何かしらの文句をただれていた謎の生物が、ピタリと静止し無言になった。
3人はしばらく会話を続けて、その異常にすぐ気づくことはなかった。
ギギギ…ギギギギ…
古く錆びた扉が引き押されるような異音がした。謎の生物から。
風船が擦れているような音も聞こえる。 流石に異常に気づいた3人は謎の生物の方を振り返った。
謎の生物はいつのまにかうずくまっており、その後すぐ横になった。
「おい、ここで寝るつもりかお前?」
バロウは謎の生物に歩み寄りながら言った。
「お菓子食べたんだから、早く帰ってくださいよ。」
鉄田も謎の生物に歩み寄りながら言った。
「もしかしたらお腹が痛いのかもしれない…!お腹がどこかわからないけど…」
宙さんは謎の生物に駆け寄って言った。
ギ…ギギギ…ギギ…ギギギ…
音はどんどん奇妙なリズムになっていった。少し音が高くなったような気もする。
「んだよ…気持ち悪ぃな…
さっきもキモかったけど急に黙り出すのもきめぇわ!」
バロウは中々外に出ようとしない謎の生物に怒りが湧いていた。
鉄田はただ黙って冷淡な目で謎の生物の背中を見つめ、 宙さんは心配そうに謎の生物の顔らしき部分を見つめた。
「…ほんっっときめぇんだよ、な!!」
バロウは怒鳴ると同時に、謎の生物の鼻ーふわふわの丸ーを思いっきり蹴った。
謎の生物は黙ったまま、勢いよく飛ばされて向こうの壁に当たった後、床にばたりと死体のように倒れてしまった。
「ああ?!急に何するんですか貴方!」
鉄田が青ざめた顔でバロウと謎の生物を三度見した。
「え、なんで今蹴ったの?あの子はボールじゃないよ?」
宙さんはバロウの悪ふざけに全く気づいていなかった。というより、知らなかった。
「あいつが全くうごかねぇから悪りぃんだよ!」
蹴ったことにより、少しバロウの機嫌は良くなっていた。
謎の生物は、一度は静止したものの、もう一度ギチギチと今度は低音で鳴り出した。
3人とも今度は黙って謎の生物へ近づく。
鉄田には緊張が走り、バロウは気味悪がり、宙さんは不思議そうに首を傾げた。
その謎の生物の皮膚が段々と伸びて今にもちぎれそうであった。しかし、 3人が異変に気づくのには時間が足りなかった。
厚手の水風船が破裂するような音がした。
すると同時、視界を塞ぐように紅い液体が散りばめられ、 謎の生物の中からぶよぶよとした赤黒い謎の破片がビシャっと飛んできた 。
ピンク色の細い管のようなものが、蛇のように暴れながら紅い液体を遠くまで散りばめ、茶色だった床は薄汚い紅色で染まっていた。
3人ともポカンと口を開けたまま数十秒黙り込んだ。
あまりの衝撃に脳の理解が追いつかず、宙さんに関しては何も理解できていない。
「は、はははぁ?なんなんだよコイツ!」
脳が動き始めるとバロウが一番に文句を浴びせた。
「マジできもい!でもってすげぇ臭いし!」
「うっ…これは酷い匂いですね…元から腐っていたんでしょうか?」
鉄田が鼻をつまみながら言う。
「お腹がいっぱいになりすぎたのかな…?」
宙さんがやっとの思いで仮説を出すが、二人は聞く耳もなく謎の生物を睨んだ。
「服についたこの紅いの絶対落ちないじゃん!マジ最悪なんだけど!」
相変わらずバロウは文句を言い続けた。
ビチャリ…ピシャッ、
衝撃的なことが次いで起こった。
なんと謎の生物の中から、また『謎の生物』が出てきたのだ。気味の悪いマトリョウシカのよう。
その謎の生物の体は鱗のようなもので覆われていて、目や耳、鼻はなく、口のようなものの中に牙が一つだけ。頭の上にうわふわの丸が乗っている。鱗が紅い液体を弾いて、床にとぼとぼ溢れている。
「 ニパっ!お腹すいたっパ!」
謎の生物が口のような切れ込みから声を出した。
3人はまたもや数十秒、沈黙した。
「わぁ…君って、虫みたいに脱皮するんだね!」
宙さんが謎の生物を褒めた。
「いやいや、どう言うことだよなんでだよ?!キモいを超えて怖いよコイツ!」
バロウが混乱して頭を抱えながら発狂した。
「ニパ〜?ニパはコイツじゃないんだっパ!ニパなんだっパ!」
「君はニパっていう名前なんだね、珍しい名前!」
「ニパ、お腹すいたっパ!何か食べ物食べたいっパ!」
謎の生物、ニパはぴょんぴょん跳ねて宙さんに近づいていった。
「ちょっと待ってね、今準備して、」
宙さんがそう言いかけた時、鉄田が手を伸ばして止めた。
「いいわけがないでしょう!早くコイツを追い出してください!」
「どうして?こんなに小さい子、放っておけないよ…! 」
鉄田が溜息をついて、冷静に応えた。
「宙さん、命を簡単に飼おうとするのはいけないことなんですよ。私たちはただでさえ稼ぎがギリギリなんですから、その生物の餌や生活用品を買うお金はないんです。」
「命を救うのは悪いことなの…?」
「無責任に命を育てることが悪いことなんです。」
「責任があればいいの?」
「そうですが、今の私たちに責任はありません。」
宙さんは背中を曲げてニパの方を見た。
「わかった…この子を元の場所に置いてくる…」
角が紅い液体で染まったダンボールにニパを呼び入れ、宙さんは抱えて玄関を飛び出し、外へと出ていった。
「はぁ〜…ったく、この服どーすんだよ…!」
「床も酷い有様ですね…」
「とりま宙さんが戻ってくるまでに床は片しておくか?」
「ですね。これじゃ宙さんの誕生日会もできませんし。」
「でもまずは風呂に入りてぇな…」
「ですね…洗濯する前に水洗いしましょうか。」
二人は風呂場に向かっていった。
バロウが去り際に後ろをチラッと見た。
床に落ちた謎の生物の皮は、すでに腐って乾燥している。
紅い液体はやがて錆びてオレンジ色に変わり、周りに落ちていたブヨブヨの破片は固まりつつあった。ピンクの管はなぜか見当たらなくなっていた。
バロウはそれを一睨みして、前を向き直した。
「何か気になることでも?」鉄田がバロウに問いた。
「別になんもねーよ。さっさと風呂、入ろうぜ。」
バロウが手で視線を塞ぎながら、鉄田の背中を押して行った。
「ごめんね…本当はお腹いっぱい食べさせてあげたかったけど、僕にはその責任がないらしいんだ…」
宙さんはそう言って、段ボールの箱を元の位置に優しく置いた。
路地裏は、太陽が移動したせいか日陰が少なくなって、謎の生物を拾った時より少し暑くなっていた。
「ニパのこと、捨てるんっパ?」
「うん…僕悪いことして二人に迷惑かけたくないから…」
「ニパ、捨てられるの悲しいっパ。」
宙さんはその言葉にはっとした。
そして、宙さんは珍しく、過去のことを思い出した。
誰かは覚えていない。どこにいたかもわからない。でも、相手が目から水を出して声を上げていたのは覚えている。そしてその人は言った。
「人を悲しませるのは、悪いことなのよ!」
どんな声だったかは覚えていないが、そう言っていたことは、はっきり覚えていた。
「そうだ…人を悲しませるのは悪いことなんだ…」
宙さんがポツリと呟いた。
「そうニパ。ニパを悲しませるのは、ニパを飼うことよりも悪いことだっパ。」
宙さんは眉間に皺をつくって、腕を組み、首を右に傾げてしばらく黙っていた。
宙さんは悩む時、こういうことをするのを知っていた。
そしてニパにしっかりと体を向けて答えた。
「わかった、僕君を悲しませたくないから飼うよ!二人にも、もう一度説得してみる!」
ニパはぴょんぴょん跳ねてニパニパと大きな鳴き声をだした。
少し時間が経って、ニパは落ち着いて宙さんの方に体を向けた。
「でも、それじゃきっとダメニパ!」
「え、何が?」
「二人にもう一度説得しても、きっと失敗するんだっパ!」
「そうなの?君は二人のことを知ってるんだね!」
「だから、ニパのことはアイツらには内緒にして、こっそり飼うんだっパ!」
「どうして内緒にするの?」
「アイツらがニパのことを見つけたら、また追い出せって言ってくるっパ!
また追い出されたら、ニパ悲しくて乾燥しちゃうっパ!」
「乾燥することは悪いの?」
「とても悪いニパ!」
「わかった、じゃあ僕こっそり君を飼うよ!」
ニパはそれに頷いて、さあ持ってけと言わんばかりに段ボールにもう一度入ってちょこんと座った。
段ボールを抱えて、宙さんは見えないよう服の中にそれを隠した。
「ねぇ、」宙さんがニパに問いた。
「二人に内緒でこっそり無責任なことをするのって、悪いことなんじゃないのかな?」
「ニパを捨てるよりは悪くないっパ!」
「でも、どっちも悪いことには変わりないんだよね? じゃあどっちをするのもダメなんじゃないのかな… 」 宙さんは不安そうに眉を下げて言った。
「人間は悪いことをするものなんだっパ。」
「そっか、じゃあ人間になるには悪いことをするのも必要なのか!
じゃあどっちの悪いこともすればいいのかな?」
「ニパを飼うだけでいいっパ!悪いことは一回しかしちゃダメなんだっパ!」
「え、じゃあ僕もう一回以上悪いことしちゃったよ…?!二人を困らせたり、部屋を汚したり…」
宙さんは真剣に落ち込んでいた。
「ニパはそれを悪いこととは思わないっパ?それは『仕方のないこと』だっパ!」
「『仕方のないこと』は何回したらダメなの?」
「何回でも、好きにするといいっパ!」ニパは元気に応えた。
「わかった!とりあえず今から家に戻るから、ニパは隠れててね!」
ニパは頷いて息を潜めた。宙さんは玄関のドアをゆっくり開けてそろそろと足を踏み入れた。
その一歩は宙さんにとっては複雑なものだった。 一度ニパの言葉に納得したものの、本当に正しいのかまだ疑問が残っていたのだ。もう一度ニパに質問しようとしたが、もう家の中に入ってしまったので、それはできない。宙さんは諦めて、床の紅い液体溜まりを避けながら、自分の部屋にこっそり入っていった。
静かなシャワーの音。人肌に揺れるお風呂の水面。真っ白な湯気。
42℃の少し広いお風呂は、バスボムと体に残っていた紅い液体が合わさってオレンジ色になっていた。 そこには鉄田が肩まで浸かっており、体を摩って細かな汚れを取り除いていた。
バロウがシャワーを浴び終えると、蛇口を捻って水を止めて、 お風呂に浸かって鉄田の向かいに座った。
「…ねぇ」鉄田が顔は合わせずに訊いた。
「宙さん、このままだと人間になれないのではないのでしょうか…」
「なんでそんなこと思うんだよ。」
「だって、謎の生物を勝手に家に持ち込むんですよ?人間はそんなことしません。」
「それはわからないだろ?子供ならするかもしれない。」
鉄田はバロウに顔を見合わせて、改めて訊いた。
「宙さんは、どんな人間になりたいんでしょうか…」
「さぁ、俺は知らんから応えられねぇな。」バロウは冷たく言い放った。
「少しくらい予想してくれたっていいじゃないですか…」
鉄田が上目遣いをして眉を下げて言った。
バロウはその表情に少し弱って、目を横に逸らした。
「…普通の人間じゃねーの。」
「普通って…そんなの抽象的すぎて想像できません。
一体何歳で、どっちの性別で、どこで、何をする人になりたいのか私は知りたいんです。」
バロウは目を戻して鉄田を睨んだ。
「…なんですかその顔?」
バロウは表情を変えず、少し鉄田に近づいて言った。
「人間の情報って、それがあれば十分なのかよ?」
バロウのその目は何か言いたげで、でも何が言いたいのかはさっぱり鉄田にはわからなかった。
「どういうことですか…?」鉄田が訊いた。
「お前、俺の年齢知らないよな?」バロウは鉄田に指を刺して言った。
「…そういえばそうですね…」
「俺がどこで何して働いてるか、知らずに一緒に暮らしてるよな?」
「だってあなた教えてくれないじゃないですか!」
「これで今俺が全部教えたら俺は人間か?
ここで俺が何も答えなかったら俺は人間じゃないのか?違うだろ。」
バロウは文句を言い切った。
鉄田はさっきまではさっぱり理解できなかったものの、今は少し理解したようだ。
「じゃあ…人間の情報って何があれば十分なんですか?あなたも知らないでしょ。」
鉄田が腕を組んでバロウの顔を睨んだ。
バロウは少し考えて、間違った答えを言った。
「…将来の夢…とか?」
41℃のお風呂は、湿気と嫌気のジメジメとした空気に包まれていた。
一方、すぐ隣の部屋では謎の生物が部屋の中をぐるぐると駆け回っていた。
壁は一つしかないというのに、お互いの情報は何一つとして漏れることはない。
人間と人間でないものが住むこの部屋は、
少しずつ、灰色に濁っていっている。
『 宙さん 』ー前編ー 終
〈ここからはストーリーに出ていない登場人物の情報解説です〉
最初の学校の不穏なことを言っていた生徒は、小さい頃のバロウです。
宙さんの容姿は、元々誰かの容姿を真似て形作っています。
でも本来の姿は存在しません。
一番最初の生意気な生物の名前はイッパです。二人目の名前は二パ。
この二匹は同一人物です。つまり本当に脱皮をしただけなんですね。
宙さん(左)とイッパ(右)
バロウと鉄田と宙さんは、都心郊外の3階建てのマンションに同棲しています。
バロウと鉄田は宙さんと出会う前から付き合っていて、一緒にいることが多いです。
バロウ(左)と鉄田(右)
お風呂のシーンのやつですね。バロウの顔が映っていませんが…
昔の絵なのでデザインや絵柄が多少違いますが、バロウの顔はこんな感じです
背の高さは左から180cm、165cm、195cmです。
TikTokを見ている方ならこのキャラも少し見たとは思いますが、設定や物語がかなり変わっています。
このノベルのお話が正しいので、TikTokの方は…お忘れください(^。^)
解説は以上になります。良い1日を。
コメント
6件
身長差かわいい、、、
表現が素晴らしくて…🥺普段こういうの読めないんですけど、なんだか自然と読むことができました💕!!! キャラデザを今回始めて拝見させていただきましたが、癖にぶっ刺さりでしたわ…! 続き読むの楽しみです!!頑張ってください📣
見るのが遅れてしまった……。そしてめちゃくちゃ良いストーリーですね!!表現の仕方やキャラの特徴など、凄く分かりやすくて良く作り込まれてるんだなと思いました!!!お身体に気をつけてくださいね!!最近ちょっとインフル流行ってますので…