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※ちょっと、こっちでも来訪者……汗

長くなってしまった。もうやらない(多分)から許して……。




「……来ないな、今日は」


ぼそりと呟いた日下部の声が、相談室に沈む午後の空気に吸い込まれる。

壁の時計は16時を指している。放課後のこの部屋には、決まったルールも、順番もない。質問箱に投げ込まれた相談に3人で応えていく、それだけの場所。


「ま、そんな日もあるだろ」


蓮司は椅子を後ろ向きにして、背にあごをのせたままスマホをいじっていた。


「別に……俺は、暇でもいいけど」


遥が机の端に腰掛けながら窓の外を見てつぶやいた。その目はどこか遠くを見ている。


そのとき――


コン、コン。


控えめに、それでいて確かなノック音。

3人が同時に顔を上げた。


「……誰か来た?」


「生で来るやつとか、いたんだな」


日下部がドアの前に立ち、取っ手に手をかけてから一瞬だけ振り返る。


「開けるぞ」


ドアの向こうに立っていたのは、1年の女子だった。小柄で、髪を肩まで垂らし、制服の袖をぎゅっと握っている。


「あ、あの……相談って、ここでいいんですか……?」


その声は震えていた。けれど目だけは、何かを決めて来たように強かった。


「うん、ここで合ってるよ」


日下部がすっと身を引いて、彼女を中へ通す。


「何でもいい。話せることだけでいい」


遥は立ち上がらず、そう言って静かに彼女を見た。


「緊張するだろ? 蓮司先輩がコーヒーでも淹れてくれるよ」


日下部が軽く肩をたたいて笑うと、蓮司が「誰が喫茶店だ」と言いつつ、紙コップを取り出した。


「……先輩たち、なんか、思ってたのと違うかも」


女子生徒が苦笑するように言った。


「どんなの想像してたんだよ」


蓮司がくすっと笑う。


「もっと、固くて、ちゃんとしてるっていうか……でも、こっちの方が、話しやすいかもしれない」


その一言に、3人は少しだけ顔を見合わせた。


「じゃあ、座って。聞かせて」


日下部が促す。


彼女が椅子に座る音が、静かな部屋に落ちた。


そして、またひとつ、名前のない悩みに、3人が向き合っていく。




小さな紙コップから湯気が立ちのぼる。

蓮司が手渡したココアを受け取って、女子生徒は「ありがとうございます」と小さく頭を下げた。


「名前、言わなくてもいいよ」


日下部がやさしい声で言うと、彼女は少し安心したようにうなずく。


「……あの、相談っていうか、聞いてほしいだけかもしれないんですけど……」


彼女の声はかすかに震えていた。


「いいよ。俺たちは、話を否定したりしないから」


遥が窓辺から少しだけ体をこちらに向ける。


彼女は、しばらく言葉を探すように黙っていたが、やがてぽつぽつと話しはじめた。


「友達がいるんです。仲良くて、たぶん……向こうもそう思ってくれてるって思うんですけど。最近、少し距離を感じて……でも、そのことを言えなくて……」


言葉の途中で、ぐっと唇を噛んだ。

誰も口を挟まない。部屋には時計の秒針だけが鳴っている。


「別の子と仲良くしてるのを見るだけで、すごく寂しくなるのに……それを“嫉妬”とか思われたらイヤで。重いって思われたら、もっと遠ざかっちゃいそうで……何も言えなくなるんです」


静かに息を吐いて、彼女は目を伏せた。


しばらくの沈黙のあと、最初に口を開いたのは、日下部だった。


「言えなくても、当たり前だよ。人って、どこまで言っていいか、迷うもんだし。言わなきゃいけないって思うと、余計に言えなくなる」


「うん。しかも、“仲良し”って関係ほど言えねぇんだよな、そういうの」


蓮司が足を組み直して、真顔で言った。


「俺、正直言うと、言えるやつの方がすげえと思ってたけど……実は言えないってこと自体が、ちゃんと相手を大事にしてる証拠だと思う。壊したくないってことだから」


「でも……言えなかったせいで、本当に壊れたら……」


彼女の声に、今度は遥が静かに言った。


「……だったら、“言える言葉”から、言ってみればいい」


「“言える言葉”?」


「たとえば“最近ちょっとさみしいかも”とか、“私って重いかな”って、思ってることをそのまま言ってみる。答えを出すためじゃなくて、“気持ちを知ってもらう”ために」


彼女は、しばらく目を伏せたまま考えていたが、ふっと小さく笑った。


「……なんか、ここ来てよかったかも。誰にも言えなかったのに、すごく楽になった……」


「だろ? ここ、そーいうとこなんだよ」


蓮司がふっと笑う。


「いつでも来ていいから」


日下部が言う。


「うん。ありがとう……」


彼女が立ち上がって、深く頭を下げる。


ドアを開けて廊下に出ると、教室から漏れる笑い声が遠くに聞こえた。

彼女の背中を、3人は見送った。


「……ちゃんと届いたかな」


日下部がぽつりとつぶやく。


「届いてたよ。目の感じ、変わってた」


蓮司が言った。


「たぶん、あの子、ちゃんと言える」


遥がそう言うと、3人は黙ってうなずいた。


今日も、またひとつ、言葉にならない気持ちが、少しだけ救われた。



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