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「……よし、そろそろ私たちの出番かね?」
「えっ、突っ込むの? お姉ちゃん、突っ込むの!?」
エスト様が目を輝かせた。
私は腰に手を当てて、仁王立ちで決意した。
「当然でしょ。あそこまでやられたら主役が霞むわ」
「た、確かに……
このままだと私たち、ただのわき役に……」
「はいこれ」
私は小娘にマラカスを手渡した。
「どうしたのこれ!?」
エスト様が怪訝そうな顔でマラカスを受け取る。
「いい? 私が合図したら……
これを全力でシャカシャカしながら首振って、
奇声あげて突っ込むのよ」
私は震える手で握りしめたタンバリンを小娘に見せた。
「……私はこれで……戦う」
同時に私の頬を、覚悟の汗が伝う。
「わ! わかった!」
小娘がコクンと頷く。
その瞳からは、確かに決意のようなものが伝わってきた。
私は小娘の無駄な成長に心を打たれた。
「よし! じゃあいくよ! ……せーの……」
ふたりして、一歩踏み出した──その瞬間。
「来ないでくださいッ!!」
「うおっ!?」
「ひゃんっ!?」
ズザーッ!!!
私たちは急ブレーキ。
タンバリンとマラカスを持ったまま
ヘッドスライディングをした。
バトルの最中、明らかにこちらに怒鳴ってきた辰夫の声。
振り返れば、辰夫が全力でガチギレ顔をしていた。
「これは──我の”矜持”の問題ですッ!!」
「うわ、マジな顔してる……」
「こ、こわっ……!」
私と小娘は、そっと後ずさった。
「……ま、まあ、ね」
(今度からもうちょっと優しくしよう)
「そう言えば竜王だったね……!」
(辰夫にワガママ言うの控えよう)
すごすごと実況席に戻る私たち。アヒル口で。
「……あ、でもさ?」
「なに?」
「こっそりエストミサイル撃ってみる?」
「ふざけんな」
エスト様が笑顔で即答した。
…
……
………
──ズドォォォォン!!
一際大きな爆音。崩れる石畳。立ちこめる土煙。
「……決まったな」
私は腕を組み、目を細めた。
土煙の中から、最初に姿を現したのは──辰夫。
左半身の竜鱗をなお輝かせたまま、静かに歩み出てくる。
その背後。
ユリ様は膝をつき、剣を杖代わりにして、うなだれていた。
「……完敗、だ……正義を──
信じる心の力が、あなたに届かぬとは……」
「届いておる」
辰夫の声は優しかった。
だが、その響きは、どこまでも重く、確かだった。
「だからこそ、我は拳を緩めなかった。
お前の正義が、真に強いと分かったからこそな──」
「名は──?」
「辰夫。……竜王にして、魔王軍の一員……
いや、我は……ター・ツオ。
そう。そうだ。ター・ツオ!そう呼んでくれ」
辰夫が、ちょっとカッコつけて言った。
「ああん?」
横から、地を這うような私のドス黒い声が響いた。
私は般若のような顔で辰夫を睨みつけている。
「……辰夫です……竜王の……辰夫……です……」
小声で言い直す辰夫。声は風に消えそうだった。
「……っ、竜王………た、辰夫……?
竜王なのに……ぐッ……きっ……?」
ユリ様はぎり、と歯を食いしばり、顔を伏せた。
肩が小刻みに震えている。
「……そ、そそその名を……刻みましょう。
心に。貴殿の名を。いい、いずれ──もう一度、
正義を以って、届かせるために。
辰夫という名を……ぶふっ!
たつお? 竜王? ぶふっ!」
ついに、ユリ様が吹き出した。
「………望むところだ」
──ふたりは、静かに頷き合った。
だが、その直後。
ふと我に返ったユリ様が、ハッと表情を引き締めた。
「……いかん、笑っている場合ではなかった。
私が敗れたということは……王都は……民は……!」
彼女は悲痛な面持ちで、眼下に広がる王都を見下ろした。
「……許してくれ、民よ。
私が不甲斐ないばかりに、街は今頃……
業火に焼かれ、血の海に──」
──眼下では、オークが「燃えるゴミ」と「燃えないゴミ」を分別していた。
──アンデッドが迷子の手を引いて親を探していた。
──ゴブリンが壊れた石畳を丁寧にセメントで直していた。
「…………は?……え?」
ユリ様は目を擦った。
「……辰夫どの。あれは……?」
「我が魔王軍の誇る、精鋭部隊 (福祉)です」
辰夫が誇らしげに胸を張って答えた。
「……侵略とは……?」
ユリ様の正義(ゲシュタルト)が、
音を立てて崩壊し始めていた。
「ふふ……恐ろしいでしょ?」
私は、勝者の笑みでゆっくりとタンバリンを鳴らした。
シャラァン……。チャッ……。
「……バカなのか?」
ユリ様が真顔で呟いた。
「っさい!正義バカ!」
ガシャン!!
「ひぐっ!?」
私はユリ様をタンバリンで叩いた。
*
──そんなカオスな空間の中で。
辰夫だけはひとり、空を見上げて静かに震えていた。
泣いている。
彼の頬を伝うのもの──
それは、かつての誇りを取り戻した、竜王の熱い涙だ。
少し離れた場所で、私はつぶやいた。
「ちょっと待って、なんか……
あいつだけかっこよく終わってない!?」
「ねー!?
なんかすごいイイ話の空気出してるよ!?」
「ツッコむ隙が……なかった……!」
私たちのヤジを受けて、
辰夫が誇らしげにこちらを振り返った。
「……すみませぬ。
少しばかり、昔を思い出してしまいましたな」
「いやお前……空気読めよ……
私たちはさ? 笑かしてなんぼだろ?」
「そうだよ辰夫!」
シャラァン……。チャッ、チャッ……。
私と小娘の持つタンバリンとマラカスが、
静かに虚しい音を立てた。
「えぇ……」
辰夫が少し引いている。
それでも、その横顔はどこか晴れやかで、嬉しそうだった。
「……ったく、やりすぎなんだよ。
こっちはタンバリンとマラカス構えて待ってたってのに……」
「……でも、かっこよかったね」
エスト様が、少しだけ小さな声で言った。
「……うーん。……まぁそうかもね」
私も、少しだけ小さな声で答えた。
「はは……」
辰夫が笑った。
心地よい風が、戦いの熱を冷ましていく。
誇り高き竜王の帰還──。
その温かい余韻だけが、静かに残っていた。
シャカ……シャカシャカ……。
隣で、エスト様が満面の笑みでマラカスを振っている。
「たのしかったねー!」
キラキラした目で言う。
シャカシャカシャカシャカ。
完全にライブ後のテンションである。
辰夫が空を見上げたまま、ぽつりと呟いた。
「……我の矜持とは……」
シャカシャカシャカシャカ。
私はタンバリンをそっと鳴らした。
チャッ。
誇り高き竜王の帰還──。
その横で、小娘はずっと楽しそうに音を鳴らしていた。
(つづく)