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第23話:トキヤの告白
春の風が吹き抜ける校庭の脇。
下校時間を少し過ぎたその場所に、大山トキヤがひとり立っていた。
制服のシャツは白く、第一ボタンを外している。
今日はネクタイを締めていた。ふだん使わないそれが、何かの覚悟の表れだった。
ジャケットは着ておらず、左の手首には細い布を巻いている。これは、前にミオから落とされたリボンの切れ端だった。
トキヤの視線は、校門のほうを静かに追っていた。
やがて、ひとりの女子生徒が歩いてくる。
天野ミオ。
淡いベージュのカーディガン、胸元には何もつけていない。
前髪は軽く分けられ、視線がはっきりと見えていた。
今日はスカートの裾がほんの少し揺れている。風のせいではなく、たぶん緊張だった。
ミオはトキヤの前で立ち止まる。
ふたりのあいだには、もうカードも演出もなかった。
ミオが手元のスマホを見て、そっとスリープボタンを押す。
トキヤもまた、胸ポケットのスマホを取り出し、完全に電源を切った。
ふたりは、すべての“支援”を手放した。
トキヤが口を開くまでの数秒、ミオはただ待っていた。
その間の静寂が、心の震えを余計に浮き彫りにしていた。
そして、言葉が落ちた。
トキヤは目をそらさずに言った。
自分が非カード主義を貫いていた理由。
かつて、演出が気持ちを奪った経験があったこと。
でも、いま隣にいる相手には、ちゃんと自分の言葉で気持ちを伝えたかったこと。
言葉の選び方は、決して巧みではなかった。
けれど、誰の書いたセリフでもない、本当の感情だけがそこにあった。
ミオは何も言わず、ただ静かに聞いていた。
頷くことも、返すこともせず。
ただ、目だけが揺れていた。
そして、彼女の指先がポケットに触れた。
そこには、今も大事にしまってあるウルトラレアカード《一目惚れの再定義》。
だがそのカードは、取り出されることなく、ポケットの奥で静かに揺れただけだった。
──この恋には、演出は必要なかった。
その後、ふたりは言葉少なに歩き出す。
帰り道はゆっくりで、でも確かに同じ方向に進んでいた。
スマホの画面には、ログもスコアも残らない。
けれどこの日のことは、ミオの心に深く刻まれていた。
初めて、“誰かの気持ち”を、演出なしで受け取った日として。