第24話:“好き”を強制する社会
週明けの朝、教室の空気は妙にざわついていた。
スマホ画面を見つめる生徒たちの手が、どこかぎこちなく動いている。
恋レアアプリに、**新機能「感情応答リマインド」**が実装された。
これは、一定期間ログイン・カード使用がなかったユーザーに対し、自動で「今、誰かに恋をしているか?」という確認通知が届くというものだった。
通知には、あらかじめ登録してある“親しい相手”の候補リストが添えられ、感情レベルに応じた「関係性推定カード」が提案される。
事実上の、“好き”の確認要請だった。
教室の後ろの席で、天野ミオは無言でスマホを伏せた。
前髪は軽くまとめられ、耳元には銀の小さなピンがついていた。
制服のシャツは丁寧にアイロンされ、全体にどこか緊張感が漂っている。
画面に出た通知は、「大山トキヤとの関係性が一定レベルを超えています」と表示されていた。
続けて《好意の明文化》《関係認証への移行》が提案された。
まるで、“今好きって言わないのは不自然”だと、AIが言っているようだった。
教室では、すでに何人かの生徒が通知に従って行動していた。
一部のカップルは「今日、関係申請した?」と確認し合い、スコア画面には“感情確定中”のマークがつけられていた。
それを見たミオは、そっと視線を落とす。
その隣の席には、大山トキヤが座っていた。
今日のトキヤは、制服の上から黒いカーディガンを羽織り、髪は無造作に寝ぐせ混じり。
表情はいつも通り淡々としていたが、手元のスマホはすでに電源を切っていた。
昼休み、ミオは図書室へ向かった。
静かな本棚の間で、ひとり考えを巡らせていた。
“好き”という気持ちを、自分で決めることすらできない世界。
通知に答えなければ、何かを怠っているように見られる社会。
そのとき、本棚の向こうから現れたのはトキヤだった。
カーディガンの袖をたくし上げ、本を一冊抱えている。
ミオの目を見ることなく、静かに隣に立った。
ミオは口を開かず、ただひとつの行動をとった。
ポケットからスマホを取り出し、通知を無視して画面を閉じた。
それは“好き”を誰かに決めさせないという、小さな反抗だった。
ふたりの距離は、カードが測る距離ではなかった。
言葉も、通知も、必要なかった。
この沈黙の中に、ちゃんと感情はあった。
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