チャイムが鳴って久しい。残る数人の生徒たちも、既にそれぞれの空気を纏っている。
窓際にいた遥は、誰とも目を合わせず、鞄も開かず、ただ俯いていた。
机に置いたままの手が、少しだけ震えていた。
そんな遥の前に、蓮司が立つ。笑っている。
いつもの、あの笑い方──声に出さず、喉の奥で笑うような、喉元の毒が伝染するような。
「……まだ、怒ってるの? 日下部のこと」
遥は答えない。
だが、蓮司の口元はますます歪んでいく。
「ほんと、おまえってわかりやすい。声には出さなくてもさ。……目が、全部言ってる」
蓮司は一歩踏み出して、遥の机に手を置いた。
小さな音が、蛍光灯の鳴き声と混ざって消える。
「おまえが何を思ってるかなんて、どうでもいいってこと、まだわかんないんだ?」
その瞬間、ドアが開いた。
担任の教師が入ってくる。
グレーのスーツ、くたびれたネクタイ、貼りつけた笑顔。
「──まだ残ってたのか、蓮司。遥も」
蓮司は軽く笑って頭を下げた。
「はい、ちょっと教科書探してました。ね?」
遥の方を振り向き、意味深に笑う。
遥は何も言わず、立ち上がろうとする。
だが、教師の声が遮った。
「遥、おまえさ……最近ちょっと態度、よくないな」
瞬間、空気が変わった。
蓮司がわざとらしく目を伏せる。
教師は、まっすぐ遥を見据えて言う。
「昼のこともだ。日下部のこと、また何かあったのか? 蓮司がそう言ってたぞ。注意してやったんだよな?」
「……ちが──」
遥が言いかけた瞬間、教師が机を指さす。
「座れ。言い訳する前に、自分がどう見られてるか考えろ。誤解されるような態度を取る方が悪い。わかるな?」
遥の口が閉じた。
言葉が、喉の奥に沈んだ。
蓮司がまた、笑った。
今度は、見せつけるように。
教師の背後で、まるでそれが演技の成功だったかのように。
「──いい子にしとけよ。おまえ、最近ほんとに危ういからな」
教師が去る。
蓮司は、ふっと息を吐く。
「ね? 言ったでしょ。おまえが何を思ってても、意味なんてないんだよ」
遥は、立ち上がれなかった。
机の縁に置いた指先が白くなっていた。