陸は経営している店をこまめに回り、人手が足りなければ自ら応援に入る。
実は最近この店のカフェタイムのアルバイトが急に辞めた。
だから陸は、この店のカフェタイムにも度々応援に入っていた。
夜のバータイムは、卓也と調理人の二人でもなんとか賄えるが、
昼のカフェタイムは、来店客数が多いのでどうしてももう一人スタッフが必要だ。
そこで、卓也が陸に聞いた。
「陸さん、カフェタイムのバイト、募集かけておきますか?」
「そうだなぁ」
「じゃあ、明日タウン誌の方に依頼かけておきますね」
「頼むよ」
陸はそう言うと、厨房へ入って行った。
その時、新しい客が来店した。
「いらっしゃいませ」
卓也声をかけると、入口には若い女性と50代位の男性が立っていた。
おそらく初めて来店する客だろう。
卓也はその二人を今まで見た事がなかった。
年配の太った男性は、店内をキョロキョロと見回すとカウンター近くのテーブル席へ座った。
それに女性が続く。
女性の方は、少しふてくされたような表情をしていた。
卓也はすぐにおしぼりを持って、二人の元へ向かう。
すると、早速太った男性がおしぼりで顔を拭きながら言った。
「ジントニックとモスコミュールね」
「かしこまりました」
卓也は一礼をしてからカウンターへ戻ると、早速オーダーを作り始めた。
そこへ陸が戻って来る。
「一つ作ろうか?」
「すみません、じゃあジントニックをお願いします」
卓也はそう言うと、モスコミュールを作り始める。
陸もジントニックを作りながら、それとなく目の前に座る二人組を観察する。
女性の方は20代半ばくらいだろうか?
男性の方は、50代後半といったところだ。
二人の歳はかなり離れているが、親子ではなさそうだ。
おそらく愛人関係だろう。
陸は相手を見ただけで大体の事はすぐ分かる。
長年特殊な仕事をしていたので、自然と洞察力が身についていた。
それから陸は女性の方をそれとなくチェックする。
顔は人目を引く華やかなタイプの美人で、体型もグラマラス。
若干ふっくらし過ぎのようにも思えたが、
少し痩せれば、モデルと言っても通用しそうだ。
女性はすました顔をして座っている。
性格はかなり気が強そうなタイプだ。
陸はこれまで色々なタイプの女と付き合って来たので、
過去にこんな女がいたなと、当時の事を思い出した。
そして、次に男性をチェックする。
男は小太りで若干猫背気味のパッとしない雰囲気だった。
まさに容姿に劣等感を抱えているタイプだ。
こういう男は、派手な女を連れ回す傾向にある。
自分のコンプレックスを、派手な女をはべらす事によって解消するタイプだ。
そのパッとしない男が身に着けているスーツやバッグは、超がつく一流ブランドだった。
椅子に置かれているビジネスバッグは、超ハイブランドの物だった。
左手に着けている腕時計もウン千万もする代物だ。
その身なりからは、男が相当な金持ちだという事を物語っている。
おそらく会社経営者か何かだろう。
(典型的な金持ちおやじと若い愛人か…)
陸は苦笑いをしながら酒を作り終えると、卓也が用意したトレーに載せた。
「ありがとうございます」
卓也は、トレーに載せたジントニックとモスコミュールを早速客の元へ運ぶ。
「お待たせいたしました。どうぞごゆっくり」
卓也はそう言って一礼すると、すぐにカウンターへ戻って来る。
それと同時に店内に大きな声が響いた。
その瞬間、客達が一斉に声の方を振り返る。
「ふざけるな! なんの為にお前に月50万もの手当てを払ってると思ってるんだ! 馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
「でも、もうやめたいの」
「ハッ? まだ三ヶ月しか経ってないだろう? 何を考えてるんだ! こんな事ならお前みたいな銀座のクラブの下っ端よりも
ママにでも貢いだ方がよっぽどマシだったな! フンッ!」
男はそう言うと、ジントニックをがぶ飲みする。
そして、続けた。
「俺はもうお前の我儘にいちいち付き合っちゃあいられないよ! だから愛人契約はこっちから白紙に戻してやる!
その代わり今月分の50万は返してもらうからな! 明日中に俺の口座へ振り込んでおけ!
あ、あとマンションもすぐに出て行け! もう今夜からあそこへは住まわせないぞ! 引っ越し先が決まったらすぐに連絡し
ろ! 荷物はその時まとめて送ってやる!」
男は吐き捨てるように言うと、女性の前に手のひらを差し出した。
どうやらマンションの鍵をよこせという意味らしい。
コメント
2件
うわぁー😱初っ端から修羅場....⁉️
金でモノ言わすモラハラ男と愛人契約の華子⁉️陸さんの店で別れを切り出したのはナイスタイミング😊👍精神が病む前で良かった🥹