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#ヒューマンドラマ
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#大衆食堂
「社長起きてください!」
「……八代さん、そんな無茶な」
櫻子は、恐らく傷口を縫合しているだろう金原を叩き起こそうとする八代を止めようとした。
「まあ、そろそろ、起きてもいい頃合いだろう」
薬も切れて来るだろうしと、医者と名乗る男、酒井が、これまた、飄々と言ってくれた。
「待ってください。旦那様は……」
手当てしたばかりなのだからと、庇う櫻子の言葉を遮る者が現れる。
「……すみません、八代さん。ご迷惑をおかけします。ただ、私は……金原さんに……」
それが、父、圭助の姿であると確認した櫻子は、ぎょっとした。
なぜ、父親がいるのだろうか。
瞬間、金原が刺された場面が櫻子に思い起こされ、足元が揺らいだ。
「櫻子さん、大丈夫ですか?」
八代が、とっさに櫻子の体を支えてくれる。
「……皆、疲れているんですよ、柳原さん」
八代の皮肉めいた言葉を受けて、圭助は、いきなり土下座した。
「すみません!どうか、今月分、いや、当面の支払いを、待ってもらえませんか!!もう、店は、店は!!」
圭助は、涙を流し、言葉を詰まらせる。
「……手形決済が出来ないのですか?金原商店へ利息を払えないと……」
八代が綺麗事として、圭助の言葉を代弁した。恐らく、櫻子へ遠慮してなのだろう。
そんな男達の様子に、櫻子は、父を睨み付けていた。
金原商店と交わした手形には、払えない場合の条件が定められていたはずだ。店を含め、屋敷も手渡すと……。
しかし、前にいる父、圭助は、床に這いつくばり、泣いているだけだった。
なぜ、約束通り、金原商店へすべてを手渡さないのか。
店を守りたいという気持ちは分からなくもない。使用人達の行く末どころか、自身のこれからもどうなるか。生活もままならなくなるのだから。
しかし、あの屋敷は、冨田に売り払おうとしていたではないのか。ならば、屋敷を先に手放して、店は守るなり、なんらか、譲歩の道があるはずなのに……。
圭助に、そんな事を考える余裕が見られない。
いや。
櫻子を、全ての代わりに差し出した時と、まるきり同じに見えた。
「……落ち着け……」
騒がしさのせいか、金原が目を覚まし、櫻子へ呟いた。
虚ろな表情のまま、金原は櫻子を見つめている。
「社長、どうしますか?どうやら、柳原さんは、一文無し。勝代と一緒に逃げた男に、店の何もかも持ち出されたようで……」
出来事を穏便に済ます為、八代は、柳原の店も訪れた。
ところが、柳原の店でも、騒ぎが起こっていた。珠子の結納と浮かれている隙を狙った山之内に、店の全てを持ち逃げされたのだ。
店の者達は、空の金庫の前で大騒ぎしていた。
そして、訪ねて来た八代に、圭助は利息の支払いを待って欲しいと懇願する。
本来は、勝代の起こした件を上手く収めるはずが、あらぬ方向へ事が向かってしまい、圭助が金原へ直談判している訳なのだが……。
「商いは、約束事で成り立つのです!お父様は、それもできないのですか!!」
櫻子が、圭助へ向かって叫んでいた。
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