「別れよう」
「えっ? 何? なんで急にそんな事を言うの?」
「急じゃないよ…….ずっと前から考えてた」
「…….もしかして、他に好きな人でも…出来た?」
「そんなんじゃない。理紗子とは…さ、身体の相性がね…….
やっぱりそういうのって長く付き合っていく上では大事な事だと思うから…….」
「…………」
心臓の鼓動が一気に高まり軽く吐き気を覚えた。
何も言葉を発せられないまま、理紗子はうつむく。
そして腿の上で握りしめた手に視線を落とす。
手の甲に浮かび上がる青白い血管を見つめながら、
『血は赤いのに、なぜ血管は青く見えるのだろう……』
ぼんやりとそんな事を考えていると、少し気持ちが落ち着いてきた。
そして理紗子はフーッと息を吐くとやっと言葉を口にする。
「わかったわ、別れてあげる」
理紗子はそう言って椅子から立ち上がると、そのままカフェの出口へ向かった。
歩き出す前にチラリと弘人を盗み見たが、
弘人はバツが悪そうな表情を浮かべたまま理紗子から顔を背けた。
カフェを出た理紗子は大通り沿いを歩き始めた。
都会の雑踏に紛れながらひたすら真っ直ぐ歩き続ける。
十分程歩いただろうか? 気づくと隣駅の近くまで来ていた。
理紗子はふいに足を止めると、右折してビルの谷間へと入って行く。
しばらく進んだ先に植え込みがあり、その横にベンチがあるのが見えた。
きっと昼の休憩時にサラリーマン達が使うベンチなのだろう。
植え込みには白くて可憐なアベリアの花が咲いていた。
辺りに人の気配はなかった。
理紗子は崩れ落ちるようにベンチに座ると、そこで初めて声を出して泣いた。
泣き声は大通りを走る車のクラクションの音にかき消されていった。
理紗子は両手で顔を覆いながら、
(もう恋なんて面倒な事はしない……)
心の中でそう呟いた。
その時、隣のビルの二階から一人の男性が理紗子を見下ろしていた。
男性はライトグレーのパンツに白のTシャツ、
その上にネイビーの麻のジャケットを羽織っている。
一面ガラス張りのオフィスの窓からたまたま外を眺めていたら、
ベンチに女性が歩いて来て座った。
女性の年の頃は二十代後半。
涙で光る瞳は大きく、スラッとスリムでなかなかの美人だ。
ストレートの髪は肩よりも長く、ライトブラウンに染めている。
服装はオフィススタイルで、Vネックの黒のサマーセーターにベージュのスカートを履いていた。
ハイブランドのワンピースを身に纏わせ、髪もメイクもきちんとしたら、
かなり人目を引きそうなタイプだ。
しかし今の彼女はそんな雰囲気からは程遠く、
髪はビル風に乱れ、顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
(一体何があったんだ?)
男性は気になり、しばらくその女性を見つめていた。
その時部屋の入口から声がした。
「健吾お待たせ、そろそろ行こうか」
「あ、ああ…….」
健吾と呼ばれたその男は出口へと向かった。
ビルを出て通り沿いを歩き始めると、
健吾は先ほど女性がいた方向へ視線を向ける。
しかしそこに女性の姿はなかった。
コメント
1件
お邪魔します🙇 弘人からの、別れの理由が酷い😭💔本当だとしても言い方があるでしょうに…😢 こんな人と別れて正解ですよ、理紗子さん❗もう恋はしないなんて思わないで🥺