テラーノベル
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王位譲位の発表に、王国は歓喜に包まれた。
広場では王立音楽隊の調べが響き始め、聖堂前には祈りの列が伸びていた。
家族連れや旅商人たちの露店も並び、香ばしい焼き菓子やスパイス酒の香りが漂う。
その上空を彩るのは、浮遊式熱気球酒場《エルシェ・スカイラウンジ》
透明な球状ドームの内部では、市民たちが湖面越しにセイラン城を望みながらグラスを交わしていた。
高所から見下ろす王都全景は、祝祭の輝きとともに幻想的な光景となって広がっている。
やがて夜が訪れると、ホログラム花火が次々に夜空を彩り、湖面にも光の波紋が踊り出した。
王都リュカは眠らない。まさにその言葉通り、都市全体が希望と興奮の渦に包まれていた。
大通り沿いの大型ビジョンでは、王子の幼少期からの映像やこれまでの功績を振り返る特別番組が放送され、居酒屋のスクリーンでは、国民的人気を誇る番組『驚き!モンスターSHOW』が流れていた。画面の中では、銀髪の人気調教師サラーが率いるモンスター芸団、**《サラモン・アンサンブル》**がにぎやかなステージで華やかな演奏を披露していた。
「サラーちゃんが出ているわよ!
あの子のスカウトするモンスターって、ほんとに芸達者なのよねぇ。
あの《サラモン・アンサンブル》って、オーケストラだけじゃなくて、お笑いコントまでやらせるのだから!」
「ほら、あのドラクーン、今日もフルート吹いている! あんな牙でどうやっているのか不思議だけど……うっとりしちゃうわ」
モンスターたちが舞台で芸を披露するたび、店内のあちこちから歓声と笑い声が弾ける。グラス片手の客たちは、画面に釘付けになりながらも、店内の熱気に包まれ一体感を深めていった。音楽と人とモンスターの共演が織りなすこの番組は、“祝祭国家イーサム”を象徴するエンタメ文化のひとつとして、世代を問わず幅広い層から絶大な支持を集めていた。
いまや《サラモン・アンサンブル》は、単なるモンスター芸団を超え、すでに新時代のアイコンとなっていた。そしてこの夜、イーサム全土はまさに祝祭の熱気に包まれていた。
――王都・石畳の裏路地、灯りの乏しい酒場の奥。
ラッセルは軍服の襟を正し、背を伸ばしたまま座っていた。対面に腰を下ろすのは、くたびれた外套を羽織った、民間報道社〈サヴァラン・タイムズ〉週刊レガリア編集部のカザン・イオル記者。
机上のランタンが揺れ、その小さな光が彼の鋭い眼差しを浮かび上がらせる。
「ラッセル大佐。今日は時間を作って頂きありがとうございます」
「スメラの失踪事件について、手がかりを持っていると聞いた」
カザンが差し出したのは、厚く綴じられた手書きのリスト。
そこには、次々と失踪した政務官の名が、赤字で無惨に記されていた。
「これは……」
ラッセルの眉が険しくなる。
「全員、“モンスター政策”に異を唱えた者たちだ」
拳を固く握りしめるラッセルに、カザンは低く言葉を重ねた。
「君の友人は、それを追っていたのにも関わらず置手紙を置いて失踪。不可解だな。裏でラマズド長官が絡んでいるか、別の首謀者がいるとしか考えられない」
「そうだな。それを裏付ける証拠はあるのか。噂や印象だけでは」
「証拠が欲しいのは、むしろ君だろう?」
カザンはわずかに口元を吊り上げる。だが瞳は真剣で、燃える炎のように揺れていた。
「私は真実を記事にするために動いている。だが、首相府の奥深くに潜るには、軍の権限が必要だ。どうする、大佐?」
ラッセルはしばし沈黙した。酒場のざわめきが遠ざかり、ランタンの炎の明滅だけが心を照らす。
「スメラの失踪は不自然だ。首相府内部に“何か”がある。俺も同じ疑念を抱いている」
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カザンはゆっくりと頷いた。
「なら、手を組もう。君は剣で、私はペンで真相に迫る」
「ああ。だが、命を狙われる覚悟が必要だ。カザン、それでもいいのか?」
カザンはまっすぐに背筋を伸ばし、声を低くした。
「もちろんだ。真実を世に伝えるためなら命すら惜しくない。
剣と筆、二つの力で、この国を縛る闇を暴こう」
ラッセルは短く頷き、グラスを握り直した。
「よし。交渉成立だ」
カザンはさらに身を乗り出し声を落とす。
「そしてだ。大佐、これが一番欲しい情報だろ。スメラの私用車が郊外で見つかった件。あれはダミーだ」
ラッセルの眉がわずかに動く。
「ダミー……?」
「ああ。証拠は車体登録番号。スメラのものと、報道で映った番号とが違っていた」
「本当か……!?」
「ああ、本当だ。裏は取ってある」
カザンは封書から書類を取り出しラッセルに差し出した。
開いた瞬間、ラッセルの胸に稲妻のような衝撃が走る。
スメラが“自ら失踪をした”のではなく、“誰かに偽装された”と。
ランタンの炎が一瞬大きく揺らぎ、二人の影が壁に長く伸びた。
その影の奥に、赤黒い瞳を思わせる不吉な残像がちらついた。
そして、酒場の入口の扉が軋み、小さな風が流れ込んだ。
ふと視線を向けたカザンの瞳が、鋭く細められる。
黒い外套の男が、グラスを手に取り、
顔の半分を覆う帽子の下から冷たい眼差しを走らせていた。カザンは眉をひそめ、小声で囁く。
「あいつ、ずっとこっちをみている。おそらく首相府の密偵だ。どうする、大佐?」
ラッセルは表情を変えず、あえてグラスを傾けた。
「動くな。泳がせる。奴の経路を辿れば、いずれ“痕跡”に行き着く」
「痕跡……?」
「スメラの痕跡が、必ずどこかに残っているはずだ」
「つまり、逆に利用する、と?」
「そうだ。俺たちは尾を追うだけでいい。剣は、……最後に振る」
ランタンの炎がふっと揺れる。
その一瞬、ラッセルの横顔は鋼のように冷たく、しかし決意の光に燃えていた。
気づけば、黒外套の男の姿が、すでに席から消えていた。
扉の軋む音も、足音の残響も残っていない。
卓上に置かれた空のグラスだけが、つい先ほどまでそこに人がいたことを物語っていた。
「ちっ……見失ったか」
カザンが低く吐き捨てる。
ラッセルは椅子を払うように立ち上がり、鋭く周囲へ視線を走らせた。
酒場のざわめき、笑い声やグラスの音に紛れて、確かに微かな“冷たい気配”が残っている。
「行くぞ。まだ遠くへは行っていない」
二人は視線を交わし、椅子を引いた。
夜の石畳は冷たく、湿り気を帯びている。
前方に、黒外套の背がちらりと揺れた。
「見つけた。今度は逃がさん」
ラッセルは影に身を沈め、石壁に沿って滑るように動いた。
先を行くのは、元軍人の密偵ヴァルク・デリン。
彼の歩みは街灯の光を避けるように慎重で背後を探る視線は刃物のように鋭い。
ラッセルは息を殺し、影を縫うように進んだ。
しかし、ヴァルクは次の瞬間、人の群れあふれる繁華街へと紛れ込んだ。
ラッセルとカザンは必死に目を凝らしたが、流れる群衆に飲み込まれ、影を捕捉できない。
「くそっ、見失ったか……」
「あの内偵者は元軍人だろう。警戒した方がいい。カザン、閃光弾だ。もし、身の危険を感じたらこの安全ピンを外して相手に投げる。いいな」
カザンは息を飲み、静かに頷いた。
その時、ラッセルの視線が石畳に止まった。
街灯に濡れた泥跡がかすかに光り、群衆の流れから外れた線を描いている。
「見ろ。軍靴の痕だ。あいつ、こっちへ抜けた」
石畳に残る泥の跡を指差すラッセル。
痕跡は繁華街を離れ、北の闇へと伸びている。
標識には――《旧セリッテ方面》
「セリッテの廃園跡地。……あそこなら人目を避けられる」
「……罠かもしれんぞ」
カザンが低くつぶやいた。
「分かっている。それでも行くしかない」
二人は目を交わし、夜風を切って歩みを速めた。やがて石畳は荒れた土道へと変わり、月明かりの下に錆びついた鉄門が浮かび上がる。
セリッテ・ガーデン―、
人で賑わった庭園は荒れ果てた廃墟として冷たい静寂だけを湛えて二人を待ち受けていた。
コメント
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いやあ、第15話、めちゃくちゃ熱かったです……! 王都の祝祭ムードと、裏路地の酒場の緊張感の対比が鮮やかで、一気に引き込まれました。特にラッセルとカザン、剣とペンで組む決意のシーン、痺れましたね。スメラの車のダミー情報や、密偵を逆に利用する冷静な判断——世界の仕組みや伏線の張り方が本当に巧みで、思わず「なるほど…!」と声が出ました。ラストの廃園跡地、もう続きが気になって仕方ないです!