テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
117
98
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「着きましたね」
「そうだね。でもさ、学校から駅まで本当に遠いよね。心野さん、疲れてない? 大丈夫?」
平坦な道だからまだいいけど、駅前まで来るのに三十分もかかってしまった。でも、ここまで来ないとお店も何もないんだよね。まあ田舎だから致し方ないんだけど。
「あ、はい、全然大丈夫です。但木くん、優しいですね。こんな私のことを心配してくれるなんて。お父さんとお母さんとアルト以外に心配してくれたの、私初めてで。なんか、とっても嬉しいです」
アルトって、確か犬だったよな。犬にまで心配される心野さんって、一体。
心野さんは僕の顔をしっかりと見つめて、それから空を見上げた。時間はもう18時になろうとしていて、すでに日も暮れ始めている。茜色をしたその夕日が、僕と心野さんを優しく見守ってくれている。そんな感覚を僕は覚えた。
しかし、ちょーっと問題が。
「あ、あのね、心野さん。先に伝えておきたくて」
「はい、どうしました?」
「うーんとね、遊び――もといデートに誘ってみたはいいものの、実は僕、デートをしたことがなくてさ。だから、こういう時にどういうお店に入ったりしたらいいのか全然分からくて。上手くエスコートをしてあげられないかも……」
女性恐怖症とはいえ、十六才にもなってデート経験なし。我ながら情けない。心野さんをがっかりさせないようにしっかり考えなきゃ――と、思っていたら。
「全然大丈夫です! こういう日のためにもうそ……いえ、ちゃんと考えて調べてたんです、私。ちょっと待っててくださいね」
心野さんは軽く胸を張ってから、通学用のバッグを開いてゴソゴソし始めた。そして、取り出したるは一冊のノート。なんだかとっても自信に満ち溢れている。こんな心野さん、初めて見た。
で、そのノートを開いて僕に見せてくれたんだけど、ちょっとビックリ。
「すごっ! これ、全部心野さんが調べてくれたの?」
「はい! そうです!」
そのノートには、駅前でデートをするのにちょうどいい感じのお店について事細かくビッシリと書いてあった、しかもお店の画像まで付いているし。ただ、ほとんどのお店がすごくオシャレで、果たして僕のような冴えないダサ男が入っていいものかと悩んでしまう。
しかしまあ、よくここまで調べたな。……ん?
「ねえ、心野さん? 僕がデートに誘ったのって今日だよね? さすがにこれだけの数のお店を調べるには、かなり時間がかかりそうなんだけど」
「え……は、はい、あの、なんて言えばいいのか……。昨日の夜なんですけど、完全に妄想モードに入ってしまってですね。それで勢いで調べまくっちゃって。きっと、私のことをナンパしてくれた但木くんは絶対に近々デートに誘ってくれると思ったので……なので、前もって」
「う、うん、そうなんだ。ありがとうね、理解した」
理解したと言った僕だけど、ごめんなさい、嘘です。まさか僕にデートに誘われるとか考えていただなんて。しかも、ここまで年密に調べてくるとは。心野さん、恐るべし。
もしかして、心野さんって意外とポジティブ?
そういえば今朝、妄想が捗って一睡もしてないって言ってたけど、そうか、このことだったんだ。
「えへ、えへへへ。ど、どうでしょうか? 私なりに頑張って、評判の良いお店をチョイスしておいたんですけど」
「うん、すごいよ。ビックリしたもん。どのお店もすごくいい感じだし」
「で、ですよね! ありがとうございます!」
あ、心野さんの耳が真っ赤。褒められて照れてしまったのかな? しかし心野さんってすごく分かりやすいね。顔がはっきり見えない代わりに、こうしてサインを出してくれるから本当に助かるよ。本人はたぶん無自覚なんだろうけど。
「ごめんね。本来だったら僕が心野さんをエスコートしてあげなきゃいけないのに。それでさ、僕このお店に行ってみたいんだけど、どうかな?」
「あ! その喫茶店、私の中でも第一候補だったんです!」
「良かったー。僕にはちょっとオシャレすぎるかもしれないけど、ここのスイーツすごく美味しそうで。何から何まで申し訳ないんだけど、道案内お願いしてもいいかな? 僕、そんなに外出したりしないから駅前ってあまり詳しくなくて」
「……道、案内?」
心野さんが急にフリーズしてしまった。もしかして……。
「あの、心野さん? もしかしてお店の場所までの地図とか、どこにあるのかとか、調べてくるの忘れてた、とか?」
僕のそれを聞いて、フリーズしたまま滝のような冷や汗をかき始めてしまった。あ、これ絶対に図星だ。
「だ、大丈夫! 大丈夫だから心野さん! 気にしないで! 今から僕がスマホで調べ……あれ?」
制服の全てのポケットの中を探してみたけど、ない。スマホがない。念のため、登校用のリュックの中も調べてみたけど、やっぱりない。
「……ごめん、心野さん。スマホを持ってくるの忘れちゃったみたい。だから心野さんのスマホ貸してもらえるかな?」
「私、スマホ持ってないんです……」
「……え?」
「……え?」
時間が止まってしまったかの如く、僕も心野さんも完全に固まってしまった。四月の夕方の少し冷たい風がピューッと吹いて、僕達の体を冷やしていく。
「だ、大丈夫です但木くん! なんとなくですが、お店の場所は覚えています! だから私の後に付いてきてください!」
「う、うん、分かった……」
青ざめている心野さんの顔を見ていると、全然大丈夫じゃない気がするんですけど。すっごい嫌な予感が。
「こ、こっちです!」
僕は言われるがまま、心野さんの後に付いていくことにした。けど……なんか駅前からどんどん離れていくし、少しずつ人気がなくなってきてるのがすごく気になる。
そして、辿り着いたのは。
「こ、ここって!」
目がチカチカする程に光り輝くネオン。外装がお城のようだったり、アジアンテイストだったりと、個性的な建物が並んでいる。無知な僕だけどさすがに分かる。
ここは紛うことなき――。
「ラブホ街でしょ!」
うわあ、初めて来た。見るのも初めて。ちょっと駅から離れただけなのに、ここだけ空気感が全く違う。いや、それだけじゃない。ちょっとしたテーマパークの雰囲気に似ている。似ているけど、でも全然違う。なんと言えばいいのか。似て非なるというか、言葉にするのがちょっと難しい。
けど分かるのは、ここにいる人達はある種の『秘密』を抱えている、そんな感じがするんだ。なんだかとても、不思議な通りだ。
「あれ、どう見ても学生だよな……」
ちょっと離れた建物から出てきた一組のカップル。学生服ではないけど、どう見ても僕と同い年くらいの二人。指と指を絡め合いながら、幸せそうな微笑みを浮かべて歩いていく。え? 未成年でもありなの? いや、それはないよね。
うーん、この界隈のルールが全然分からない……。
「ねえ心野さん? これって絶対道を間違え……ど、どうしたの心野さん!」
初めて見るラブホ街に気を取られすぎて気付かなかった。心野さん、いつの間にか仰向けに倒れ込んでしまっていて、しかも大量の鼻血を出していた。
「す、すみません……路地を一本間違えてしまったみたいで」
「それはいい、それはいいんだ。それよりも、鼻血! この短時間の内に一体何があったの!?」
「あ、お気になさらず。鼻血はいつものことなので」
「い、いつものことなの?」
「はい。妄想が捗ってしまったりすると、こうなっちゃうんです。でも、今回は私にはちょっと過激すぎたので、いつもよりも鼻血の量は多いですけど……」
過激すぎたって……。心野さんは一体どんな妄想をしてたんだろう。
でも、ひとつ確信した。
「ねえ、心野さん?」
「はい、なんでしょうか……」
「少しずつ分かってきたんだけど、心野さんってムッツリスケベでしょ?」
「む、ムッツリ――!?」
素早く立ち上がり、そしてすごい勢いで後ずさった。あ、心野さんってこんなにも俊敏に動くこともできるんだ。
「ち、違います勘違いです! 私は単に一本路地を間違えただけでここに来ちゃいましたけど、但木くんと一緒にお店に入ってアレやコレやをする妄想をしていただけで! それにムッツリではなくて、ただ後学のためです! それで色んな動画を観たりしてたし薄い本もたくさん読みました。けど、ムッツリなんかではなくてですね」
すっごい早口。三倍速で動画観てるみたい。
「心野さん?」
「は、はい! 誤解解けましたでしょうか!」
「心野さんって嘘つくの下手でしょ? しかも思い切り自爆してるよ? そうかそうか、心野さんは毎日エッチな動画を観たり薄い本を読んだりしているムッツリスケベ、と。インプットインプット」
「あ……」
そして、心野さんはその場にへたり込んでしまった。それから結構長い時間、全く動かなくなってしまった。話しかけても反応なし。とりあえず鼻血は拭いた方がいいと思うんだけど。通りがかるカップルがその惨状を見てビックリしてるし。
だけど、この後もデートは続くのであった。