コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「おい、なんで黙ってる」
担任の声が低く響いた。
静まり返った教室の空気が、肌に張りつく。
「質問されてんだぞ。答えるのが筋だろう」
彼の隣では、クラスの中心にいる生徒たちが腕を組み、
まるで裁きを見守るように立っていた。
「先生、こいつ、いつもこうなんですよ」
「何言っても反応しないんす。マジでムカつく」
「自分だけ傷ついたみたいな顔して」
「そうか」
教師はゆっくりと頷き、遥を見た。
「お前、自分の気持ちを言葉にしないのは卑怯だぞ」
「誤解されたくないなら、ちゃんと説明すべきだろう?」
「沈黙は、責任放棄と同じだ。人間として最低だ」
声には、教壇の上から落ちてくる“正義”の響きがあった。
だがその正義は、冷たく、硬質だった。
理屈の形をしていても、実際には棘だ。
「先生、前にも言いましたよね。こいつ、反省してないって」
「ね、顔見たらわかりますよ。人の話、聞いてない」
「心がないんですよ、あいつ」
教室の空気が、少しずつ歪む。
笑いと軽蔑と、教育的口調が入り混じる。
「なあ、どう思ってんだ?」
「俺たち、間違ってるか?」
「答えろよ。黙ってりゃ許されると思ってんのか?」
遥は、口を開こうとした。
でも、声が出なかった。
胸の奥に重い石のようなものが詰まって、
喉がそれを通せなかった。
「……」
その沈黙に、教師はため息をついた。
「またそれか。なあ、みんな、これが“他人を無視する態度”ってやつだ」
黒板を指し、わざと声を張り上げた。
「こういう生徒が一番危ない。周りを傷つけてる自覚がない」
ざわ…と、空気が揺れた。
周囲の生徒が「そうだよ」と口をそろえる。
「いつも自分だけ被害者ぶってる」
「泣いてれば許されると思ってんだろ」
「黙ってるくせに、心の中じゃ俺らのこと見下してる」
──違う。そんなつもりはない。
でも、声にできない。
言葉を出せば、その瞬間、また何かを奪われる。
「どうした、言いたいことあるなら言え」
教師が机を叩く。
その音が、遥の背中に突き刺さる。
「人と向き合えない奴は、社会に出ても通用しないぞ」
「お前みたいなのがいると、クラスの空気が悪くなるんだ」
笑い声が重なった。
誰かが小声で「ほんとそれ」と言い、別の誰かが拍手した。
それは“教育”の名を借りた処刑だった。
──彼らは、自分たちが正しいと思っている。
──だからこそ、誰も罪悪感を持たない。
そのことが、一番怖かった。
彼らの正しさが、彼の心を切り刻んでいく。
言葉ではなく、沈黙で殺される。
それが、今の彼の現実だった。