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「おい、なんで黙ってる」


担任の声が低く響いた。

静まり返った教室の空気が、肌に張りつく。


「質問されてんだぞ。答えるのが筋だろう」


彼の隣では、クラスの中心にいる生徒たちが腕を組み、

まるで裁きを見守るように立っていた。


「先生、こいつ、いつもこうなんですよ」


「何言っても反応しないんす。マジでムカつく」


「自分だけ傷ついたみたいな顔して」


「そうか」


教師はゆっくりと頷き、遥を見た。


「お前、自分の気持ちを言葉にしないのは卑怯だぞ」


「誤解されたくないなら、ちゃんと説明すべきだろう?」


「沈黙は、責任放棄と同じだ。人間として最低だ」


声には、教壇の上から落ちてくる“正義”の響きがあった。

だがその正義は、冷たく、硬質だった。

理屈の形をしていても、実際には棘だ。


「先生、前にも言いましたよね。こいつ、反省してないって」


「ね、顔見たらわかりますよ。人の話、聞いてない」


「心がないんですよ、あいつ」


教室の空気が、少しずつ歪む。

笑いと軽蔑と、教育的口調が入り混じる。


「なあ、どう思ってんだ?」


「俺たち、間違ってるか?」


「答えろよ。黙ってりゃ許されると思ってんのか?」


遥は、口を開こうとした。

でも、声が出なかった。

胸の奥に重い石のようなものが詰まって、

喉がそれを通せなかった。


「……」


その沈黙に、教師はため息をついた。


「またそれか。なあ、みんな、これが“他人を無視する態度”ってやつだ」


黒板を指し、わざと声を張り上げた。


「こういう生徒が一番危ない。周りを傷つけてる自覚がない」


ざわ…と、空気が揺れた。

周囲の生徒が「そうだよ」と口をそろえる。


「いつも自分だけ被害者ぶってる」


「泣いてれば許されると思ってんだろ」


「黙ってるくせに、心の中じゃ俺らのこと見下してる」


──違う。そんなつもりはない。


でも、声にできない。

言葉を出せば、その瞬間、また何かを奪われる。


「どうした、言いたいことあるなら言え」


教師が机を叩く。

その音が、遥の背中に突き刺さる。


「人と向き合えない奴は、社会に出ても通用しないぞ」


「お前みたいなのがいると、クラスの空気が悪くなるんだ」


笑い声が重なった。

誰かが小声で「ほんとそれ」と言い、別の誰かが拍手した。

それは“教育”の名を借りた処刑だった。


──彼らは、自分たちが正しいと思っている。

──だからこそ、誰も罪悪感を持たない。


そのことが、一番怖かった。

彼らの正しさが、彼の心を切り刻んでいく。

言葉ではなく、沈黙で殺される。

それが、今の彼の現実だった。



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