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第十二章 ラディスへの帰還
第十八話 穏やかな日々の終わり
テーブルへ、次々と出来立ての料理が運ばれてくる。
焼き立ての肉料理。
香草の効いたスープ。
湯気の立つパン。
賑やかな食堂の空気に包まれながら、五人はそれぞれ料理へ手を伸ばした。
「ほな、まず俺から話そか」
料理を頬張りながら、シュンタが今日集めた情報を話し始める。
昔の商団仲間、ボッツと再会したこと。
酒場の店主から聞いた、二年前の魔物襲撃事件の真相。
そして、教会による隠蔽。
話を聞くうちに、ジントとダイチの表情が少しずつ強張っていく。
「……昨日こっち戻ってきてから、ずっと思ってたんだけど」
ジントがぽつりと呟く。
「街の人たちの態度が……普通なんだよね」
黒い瞳が、揺れるスープの表面を見つめる。
「なんか、普通すぎて妙っていうか……」
ダイチも静かに頷いた。
「確かに……あんだけの事件やったのに、誰もそのことには触れんし」
「なんかなかったことにされてるみたいな感覚はあるなぁ……」
街を歩いていても、今でもジントへ向けられる視線は感じる。
けれど、昔のように露骨な悪意や、
悪態を向けられることはほとんど無かった。
それが逆に、どこか不気味だった。
次に、ハヤトとジュウタロウが図書館で調べた内容を共有する。
やはり、教会によって隠蔽されている記録。
そして断片的に残されていた、三百年前の資料。
“女性の私記”。
深まる謎。
少しずつ重くなっていく空気。
だがここで、シュンタがニヤニヤしながらグラスを傾ける。
「で?」
「ジンちゃんとダイちゃんは、今日はどうやったん?」
「っ!?」
ダイチの肩が跳ねる。
「俺も気になる」
ハヤトが面白そうに笑う。
ジュウタロウまで、どこか期待した目で二人を見ていた。
ダイチはわなわな震えながら叫ぶ。
「な、何もないって!!」
隣ではジントが不自然に目を泳がせている。
それを見たシュンタはにんまり笑った。
「そっかそっか〜」
「二人だけの秘密なんやね?」
そう言ってウィンクする。
「こいつ、腹立つわぁ!!」
顔を真っ赤にするダイチ。
その反応に、再び笑い声が食堂へ広がった。
やがて食事も終わり、五人は席を立つ。
「また明日の夜にでも集まろう」
ハヤトが言う。
シュンタは大きな欠伸をしながら、背伸びをした。
「まだまだ色々調べなあかんしなぁ……」
ジュウタロウも頷く。
「明日は俺たちは別の資料をあたってみる」
「じゃあまた明日」
三人が部屋へ戻っていく。
ジントとダイチは、その背中を見送ってから宿屋の外へ出た。
冷たい夜風が、熱を持った頬を優しく冷ましていく。
「なあ、今日は歩いて帰らん?」
ダイチが馬を引きながら微笑む。
「うん……!」
二人は並んで、静かな夜道を歩き始めた。
空に瞬くたくさんの星。
そして、片側が欠けた月。
「……なんか」
しばらくして、ダイチが小さく呟く。
「こうやって歩くの、久しぶりやな」
ジントは少し考える。
「うん」
「昔は毎日のように歩いてたのにね」
それだけ。
それ以上は言葉にしなくても、同じ景色が浮かんでいた。
北門までの道。
薬屋までの帰り道。
何でもない時間。
でも今になって思えば、あの時間が、どれだけ大切だったのか分かる。
ダイチは隣を見る。
月明かりに照らされた黒髪。
穏やかな表情。
昔と同じようで、でももう昔とは違う。
そんなことを思っていると。
「ダイチ?」
ジントが不思議そうに首を傾げた。
「ん?」
「なんか考えてた?」
「……いや」
ダイチは笑う。
「ただ、帰ってきたんやなぁって思っただけ」
ジントは少し目を丸くする。
そして柔らかく笑った。
「……うん」
二人はまた歩き出す。
やがて、薬屋の前へ辿り着いた。
そこでふと、ダイチの脳裏に昨日の出来事が蘇った。
抱擁。
赤い顔。
高鳴る鼓動。
思わず足が止まりそうになる。
けれど
「送ってくれて、ありがと」
「また明日ね」
ジントのその笑顔は、いつもと変わらない。
それをダイチは少しだけ寂しく感じた。
以前なら、このまま何も考えず帰れたはずなのに。
今は、もう少しだけ隣にいたいと思ってしまう。
けれど
「……おう、また、明日な」
笑って返す。
ジントは扉へ手を掛ける。
そして振り返った。
「ダイチ」
「ん?」
「今日は……楽しかった」
その一言だけ残して、ジントは店の中へ消えていった。
扉が閉まる。
ダイチはしばらくその場に立っていた。
冷たい夜風が吹く。
だが不思議と寒くはなかった。
秘密基地。
繋いだ手。
夕焼けに染まった横顔。
全部がまだ鮮明に残っている。
「……あかんなぁ」
小さく笑う。
「完全に俺、変やわ……」
そう呟きながら。
ダイチは深く息を吐き、馬へ跨る。
そして、ゆっくり屋敷へ向かって馬を走らせた。
帰り道の景色は、行きと同じはずなのに、不思議なくらい違って見えた。
◇
翌朝。
部屋のベッドで目を覚ましたジントは、ぼんやり天井を見上げた。
窓から柔らかな朝日が差し込んでいる。
ふと、昨日一日の出来事がゆっくり蘇る。
パン屋。
秘密基地。
夕暮れの丘。
繋いだ手。
寂し気な横顔。
「………っ!」
思い出した瞬間、顔が熱くなる。
「……まだ、慣れないな……」
小さく呟く。
けれど、嫌ではなかった。
むしろ、胸の奥が満たされるような、ふわふわとした不思議な感覚だった。
階下へ降りると、祖母が朝食を用意してくれていた。
温かなスープ。
焼き立てのパン。
香草の香り。
「おはようジント、起きたかい」
「うん、ばあちゃんおはよう」
穏やかな朝。
食事をしながら、ふと店の隅へ視線を向ける。
いつも積まれている薬草束が空になっていた。
「あれ……」
祖母が振り返る。
「あぁ、そういえば解毒草を切らしてたねぇ」
「じゃあ後で、森へ採りに行ってくるよ」
「おや、助かるよジント」
祖母は優しく笑った。
その笑顔を見て、ジントも自然と笑った。
昼過ぎ。
支度を終え、薬籠を肩へ掛ける。
そしてジントは北門を抜け、森へ足を踏み入れた。
昔から変わらない景色。
木々の匂い。
土の感触。
鳥の声。
けれど今日はまた少し違って見える。
その中を歩きながら、ジントはふと昔を思い出していた。
まだ幼かった頃。
ダイチと二人で、この森を駆け回った。
秘密基地を作った日。
拾った石を宝物みたいに集めた日。
くだらないことで笑った日。
何でもない毎日。
そしてあの日。
ラディスを離れることになった日。
胸に残った寂しさ。
もう二度と、こんな日々には戻れないと思っていた。
けれど昨日。
秘密基地で笑うダイチを見て、繋いだ手の温かさを感じて思った。
ーー帰ってきて良かった。
ここには、自分を待っていてくれる場所がある。
大切な人がいる。
ジントは小さく息を吐いた。
少しだけ頬が緩む。
そして森の奥へ進んでいく。
「確か解毒草、この奥にたくさん生えてたっけ……」
そんなことを考えながら、さらに森の奥へ進んでいく。
その時だった。
ガサッ――
突然、背後で落ち葉を踏む音が響く。
ジントはハッと振り返った。
そこには、白装束を纏った三人の男が立っていた。
「……っ!?」
気配を、感じなかった。
ジントの身体が強張る。
一人がフードの奥から鋭い目を覗かせる。
その視線が、真っ直ぐジントを捉えた。
「……月蝕の子……確認した」
低い声が、静かな森へ響く。
その瞬間、強い風が吹き抜けた。
木々が激しくざわめく。
その音が、遥か遠くに聞こえた。
まるで、穏やかだった日々の終わりを告げるように。
第十二章 完
コメント
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初コメント失礼します。 一章から読ませていただいていました。 めちゃくちゃ不穏な展開で早く誰か助けに来て!という気持ちと、正直こういう展開大好きなのでワクワクする気持ちとが共存しています。(90年代少年漫画のヒロイン的な雰囲気を感じて最高です。) 続きも楽しみにしています!
え💦え💦 待ってー💦 お願い逃げてーそれか誰か助けにきてーって思っちゃいました💦平和な幸せを奪わないでー💦 展開がうますぎます… 続きが気になりすぎますのまた更新を待っています!
んぇ!?ちょっと💦かなりやばいじゃないですか😱 なぜひとりで行ったのさー😭😭 💙は早く助けに行きなさーい!(誰目線