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日下部の相談室2

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日下部の相談室2

48 - 第48話 通知が怖くて、スマホを開けない

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2025年11月19日

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放課後の相談室は、いつものように静かだった。

教室のざわめきも、廊下を駆ける部活生の声も、ここだけ届かない。

柔らかい夕陽がカーテン越しに滲んでいて、日下部はその光の中で机を整えていた。


まだ誰も来ていないはずだった。

だが、扉の向こう側にふと気配が落ちる。

呼吸を潜めるような、触れたら崩れてしまいそうな気配。


「……入っていいぞ」


静かに声をかけると、扉が数センチだけ開き、細い肩がのぞいた。

Rと名乗ったその子の顔は伏せられ、手はポケットの中で固く握られている。


「……あの、少しだけ……」


「座ればいい。話せる範囲で」


Rは椅子に腰を下ろしてもなお、スマホを握ったまま手を震わせていた。

ケースの角が白くなるまで力がこもっている。


「通知が……怖くて。

音が鳴るたびに、胸がぎゅってなって……開けなくなるんです」


日下部は瞬きひとつせず、その言葉の揺れを受け止めた。

責めず、急かさず。

ただRが言葉を継ぎ出すのを待つ。


「なんか……見たくないものが入ってる気がして。

悪口とか……嫌われたとか……全部、そこに並んでる気がして。

でも、見ないのも怖いんです。

“知らないままの自分”が、もっと怖いっていうか……」


Rはうつむいたまま、声を押し出しているようだった。

自分が弱いことを認めたくない、でも限界に近い──そのギリギリの場所。


「通知ってさ、音だけで“責められてる気”になるときあるよな」


日下部が言うと、Rは驚いたように顔を上げた。

否定されると思っていたのかもしれない。


「……あります。

“返さなきゃ”“確認しなきゃ”って。

放置したら嫌われるんじゃないかって……

でも、返す元気もないから、触れなくて」


「で、そのまま溜まっていって、余計に開けられなくなる」


Rは小さく頷く。


日下部は椅子にもたれ、少しだけ目線を柔らかくした。


「人ってな、“嫌われてるかもしれない”って思い始めると、

通知ひとつが“罰”みたいに見えるんだよ。

内容がどうかじゃなくて、鳴った瞬間に自分の悪い未来が頭の中で走る」


Rの喉がひくりと動く。

図星だったのだろう。


「でもな。

通知が怖いときって、実は“相手”じゃなくて、

自分の中の“傷んでる部分”が反応してるだけなんだ」


「傷……?」


「誰かに否定された記憶とか、

“ちゃんとしなきゃ”って言われ続けた習慣とか。

そういうのが溜まってると、

ただのLINEでも“攻撃”に見える。

本当はただの文字なのにな」


Rはゆっくり瞬きをし、スマホを見つめた。


「……これ、文字、なのに。

なんでこんなに……怖いんだろ」


「それだけ、人を気にして生きてきたってことだろ。

悪いことじゃない」


「でも……しんどいです」


「しんどいよ。

だから、いまこうして来たんだろ。

“助けて”って言えたのは、ちゃんと自分を守ってる証拠だ」


その言葉に、Rの表情が少しだけ緩む。

でもまだ涙にはならず、ぎりぎりのところで踏みとどまっている。


日下部は続けた。


「まずはな、通知全部に反応しようとするな。

“今の自分が読めるものだけ読む”でいい。

開けられないときは開けなくていい。

未読が悪いなんて誰も決めちゃいない」


「……ほんとに、いいんですか。

開けられなくても」


「ああ。

“自分を整えてから”でいい。

呼吸をする前に走るやつなんていないだろ」


Rは、胸に積もっていた重さを少しだけ下ろすように、深く息を吸った。


「……ちょっとだけ、楽になりました」


「ちょっとでいい。

全部直さなくていい。

ここは“ちょっと疲れたやつ”が来る場所だから」


Rの指が、スマホからようやく離れた。

握りしめていた跡が手に赤く残っていた。


「また来てもいいですか」


「いつでも来い。

通知より、ここを先に開けりゃいい」


その言葉にRは苦笑し、少しだけ肩を落としたまま立ち上がった。


扉が閉まったあと、相談室には静けさだけが残った。

けれどその静けさは、さっきよりも少しだけ、穏やかだった。

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