午前十時にラブホを出た二人は、手を繋ぎながら立川駅へと向かう。
真夏の陽光が容赦なく照りつけ、奈美が少しでも涼しくいられるように、豪は日陰を選んで歩いてくれた。
昨日、ここのラブホに来た時は、もう会わない方がいい、という決意を胸にして来たけど、今は、豪の恋人になっている。
好きな男の人と想いが通い合った嬉しさで、外の何気ない景色が、鮮やかに彩られているように感じた。
「なぁ、奈美」
彼に名前を呼ばれただけで、唇が無意識に緩んでしまいそうになるのを堪え、奈美は豪を見上げた。
「この後、まだ時間あるだろ?」
「ありますよ」
「せっかくだし、このまま普通にデートしようか」
「いいんですか?」
奈美には、まだ豪と恋人になったという実感が、ないのかもしれない。
いつもの癖ではないけど、口淫だけの関係だった頃、ホテルを出たら駅の改札で解散していたのだ。
昨夜から恋人の関係だし、改札でバイバイする必要はない。
「当たり前だろ? 今は彼と彼女になったんだ。奈美の行きたい所へ出かけよう」
いきなり行きたい所、と言われてもピンと来ない。
彼と出会うまで、奈美は休日、引きこもり人間だったのだから。
「行きたい所…………う〜ん……」
「何だ? ないのか?」
「特に思い当たらないですね。今まで、休日は家で過ごしていたので……」
こんな休日の過ごし方を、豪に打ち明けるのは、かなり恥ずかしい。
彼に出会うまで、いかに自分が、残念なプライベートを送ってきたか痛感させられる。
「何だよそれ」
彼がククっと小さく笑った後、耳元で甘美に囁いた。
「なら、そのままラブホに引きこもって…………奈美とセックスしても良かったかもな……」
奈美が顔を赤らめながらジト目を向けると、冗談だよ、と、また笑った。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!