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整の身体には、もういくつ叩かれた痕があるのか分からなかった。
机を片付け忘れただけで、拳が飛ぶ。靴を揃え忘れただけで、足蹴にされる。母はその光景を見ても「絢人は正しい子」と言い切る。父は新聞から目を上げない。
「お前は、俺の言うことだけ聞いてりゃいいんだ」
兄の声は、夜になると一層低く濁る。布団の上で小さくなった整を、片腕で押さえ込む。骨ばった指が顎を掴み、逃げられないほど強く顔を固定した。
「お前は、俺のものだ。他の奴と関わるな」
耳元で囁かれた声に、ぞっとする。愛情ではない。支配だ。
反抗する言葉を飲み込んだ瞬間、頬に乾いた音が響く。
「返事は?」
「……はい」
唇から零れる弱々しい声を確かめるように、兄は笑んだ。
絢人は整を殴り、蹴り、傷だらけにしながら、誰にも触れられない場所まで弟を追い込む。
外では優秀な兄として称えられ、家では整を「所有物」にした。
「他の奴の前で泣くな。泣くのは俺の前だけでいい」
額を強く押しつけられ、涙を拭うことすら許されない。整は声を殺すように震えた。
夜が更けるほど、兄の手は荒れ、けれどそこには一貫した執着が絡みつく。
「お前は俺だけのものだ。父さんも母さんもどうでもいい。俺が、お前を壊す」
痛みと恐怖の中で、整はかすかに思った。
――それでも、心までは奪われない。
どれだけ殴られても、閉じ込められても、兄のような冷たさには染まらない。
けれど、そんな祈りすら兄に嗤われる。
「何を考えても無駄だよ。お前は、俺の檻の中から出られない」
暗い部屋に、弟の震える呼吸と兄の笑みだけが響いていた。