それから一週間が経った。
いよいよ来週岳大は北穂高へ向けて出発する。
今回の登山ルートは初日は新穂高側から入り穂高を目指す。一泊目の宿は西穂泊。
二日目は天狗岳とジャンダルムを経由し奥穂高を越えて穂高泊。
三日目は涸沢岳から北穂高岳を越え大キレット、長谷川ピークの難所を越えて南岳を経由し槍ヶ岳泊。
四日目は飛騨沢を経由し槍平を越えて新穂高へ戻る。
西穂高から槍ヶ岳までは連峰大縦走。そして西穂から奥穂高間は整備されていない破線ルートの為難所も多い上級者コースである。時期的に雪崩や落石も多いので気が抜けない。例年よりも残雪が多いので12爪アイゼンとピッケルは必須だ。
大和翔真にとっては過去最大の難しいアタックとなるので準備は入念にする必要があるだろうと井上は言った。
登山歴が長い井上も雪が残る時期のこのルートは相当難易度が高いと言っている。
岳大はこのルートには慣れていたが北穂高初挑戦の翔真がいるので充分注意が必要なようだ。
優羽が心配そうな顔をすると井上は優羽の心配を和らげる為にこう話した。
最大の目的はテレビ番組を作る為なので危険が及ぶような無茶はしないだろうという事。そしてテレビクルーは登山を熟知した大ベテランばかりだから心配ないですよと井上は笑った。
それを聞いて優羽は少しホッとする。
それから数日後、優羽は流星のお迎えの前に郊外のショッピングセンターにいた。
優羽は手芸用品を買う為にここへ寄ったついでにまだ時間があったのでいくつかの店を覗いた。
その後駐車場へ向かう。
駐車場を歩いていると道路の向こうに神社があった。その神社は優羽もよく知っている神社だ。
中学生の頃高校受験の前に友人達とここへお参りに来たのを覚えている。その当時友人の一人が言っていた言葉を優羽は思い出した。
「ここの神社はね登山をする人の為の『登山守』っていうのがあるんだよ」
その当時は「ふーんそうなんだ」くらいにしか思わなかったが今は違った。
優羽は買物した袋を一旦車に積み込んでからその神社へ向かった。
参道を50メートルくらい進むと大きな鳥居があった。
優羽は一礼をしてから鳥居をくぐり抜けるとまっすぐ本殿へ向かった。
途中沢山の絵馬があったので優羽はその絵馬を見てみる。
そこには、
「彼が無事に登山を終えて帰って来ますように!」
「頂上を制覇できますように!」
「無事に登頂が成功し安全に帰還できますように」
と書かれていた。
昔優羽の友達が言っていた通り登山の安全を願う人が沢山訪れているようだ。
優羽が再び奥の本殿へ向かって歩いていると登山の重装備をした若者とすれ違った。
やはりこの神社は登山者の間では有名な神社なのだ。
(登山客が沢山訪れる神社ならきっと効き目があるはず)
優羽は少し勇気をもらったような気がして真っ直ぐに本殿へ向かった。
そして本殿の前に着くと岳大の安全祈願をする。
(彼が無事に帰ってきますように)
優羽は心を込めて祈った。
その後社務所に行き岳大の為に『登山守』を買った。
(彼が出発する日に渡そう)
優羽はそう思いながらお守りを大切にバッグの中へしまった。
岳大の出発を三日後に控えた日、優羽のもとへ岳大からメッセージが届いた。
その時優羽はフロント脇の土産物コーナーで商品を補充していた。
【明日は仕事も保育園も休みだよね? 今日流星君を保育園へ迎えに行ったらそのまま二人でうちに泊まりに来ないか? 紗子さんには今電話してOKを貰っておいたから】
優羽はそのメッセージを見てみるみる笑顔になる。
ここ数日岳大の事務所にはテレビ局のスタッフが連日出入りしていた。
その為優羽は邪魔にならないように山荘の自室からリモートで仕事をしていた。
井上は山には入らないが当日岳大を新穂高まで送って行くのでテレビ局の打ち合わせに参加していた。
優羽だけが蚊帳の外で少し寂しい思いをしていた所へこの誘いのメッセージが来たので嬉しかった。
【じゃあお邪魔します。流星も喜ぶわ】
優羽は嬉しくて鼻歌を歌いながら残りの仕事を続けた。
その頃事務所では優羽からの返事を受け取った岳大が編集部屋の椅子から立ち上がった。
そして車のキーを手にすると井上がいるリビングまで行く。
ここ数日出入りしていたテレビ局スタッフは今はもういない。
打ち合わせは全て終了しあとはアタック当日を待つだけだった。
前倒しで片付けていた仕事もほとんど片付きだいぶ時間にも余裕が出来た。
そこで岳大はちょっと出かけてくる事にした。
「井上君、ちょっと出かけて来るよ」
「どこに行くんですか?」
「松本までちょっと買い物」
岳大の言葉を聞き井上は驚く。
「わざわざ松本まで?」
「うん。すぐ戻って来るから」」
「わかりました。気を付けて!」
「じゃ、行ってくるよ」
岳大は井上に笑顔で言うと車へと向かった。
松本に向かって走り始めた車の中で岳大はご機嫌だった。
実は岳大は優羽に指輪をプレゼントしようと思っていた。
しかしなかなかこれだという良い物が見つからない。
東京に行けば種類も豊富できっと気に入った物が見つかるだろう。しかし岳大は初めて優羽にプレゼントするリングは長野のこの地で購入したいと思っていた。
二人が出逢った思い出の地で買った指輪をどうしても優羽に贈りたかった。
岳大は以前優羽の兄の裕樹から裕樹が舞子にプレゼントした指輪の話を聞いていた。
ちょうど岳大も優羽にプレゼントしようと思っていたので裕樹にあれこれとアドバイスを貰った。
その時「誕生石を身に着けると幸せになれる」というジンクスを聞いたので岳大は裕樹に優羽の誕生日を聞いた。
そして優羽の誕生石が『サファイア』である事がわかる。
岳大がサファイアを検索するとその宝石は深みのある青色でまるで信濃大町の夜空のような美しい色だった。
岳大は以前優羽がこの石のピアスを耳につけていた事を思い出す。深いブルーは色白の優羽の肌にとても良く似合っていた。
彼女があの石を選んだのは誕生石だったからなのだとその時わかった。
そして岳大は毎晩ネットで根気よくサファイアの指輪を探した。
すると松本にある宝飾店に岳大がイメージしていたような指輪がある事を知った。
その指輪は小粒のダイヤが流線形に並んだ上にサファイアが一粒載っているものだった。
そのデザインはまるであの夜二人で見た流れ星のようだった。岳大は迷わずそれに決める。
指輪のサイズは裕樹が協力してくれたのですぐにわかった。優羽が学生時代にはめていたシルバーの指輪が優羽の実家に残されていたので裕樹が岳大にこっそり貸してくれた。
注文は既に電話でしていたので今日はその指輪を受け取りに行く。
岳大は逸る気持ちを抑えながら優羽が喜ぶ顔を想像しながらハンドルを握り続けた。
その頃優羽は昼の休憩時間に自分の部屋で手芸をしていた。
岳大の為に買ったお守りはそのままだと少し味気ないような気がしたので何か手作りの物をプラスして渡そうと思った。
優羽は昨夜思いついたモチーフを早速作り始める。
それは流れ星のモチーフだった。
優羽は濃いブルーのビーズで器用に星を作り始める。
気持ちを込めれば込めるほどきっとお守りの効果も高まるはず、そう信じて優羽は心を込めて作った。
星のモチーフが完成するとその下に透明のビーズで作ったフリンジを三本ぶら下げる。これで流れ星のように見えるだろう。
優羽は完成した流れ星をお守りの紐の部分に取り付けた。すると黒一色のシンプルなお守りが少し華やいで見えた。
満足のいく仕上がりだったので優羽はうんと頷くとお守りを袋の中へしまった。
そして優羽は再び午後の仕事へ戻って行った。
コメント
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今更コースを見てうひゃーです。このコース夏でも大変なはず。西穂も独標まで(誘われたけど行かなかった)ならともかくその先とか、北穂とか大キレットとか一生怖くて行かれないと思ったものじゃ。
アタック前の『親子3人』での時間。 プレゼント💍🧿流星間には何かな?交換して…帰ってきたら結婚の日程など決めるのかな💝 たくさん話しててね🥰
とうとう北穂高アタックももうすぐですね⛰️ みんな準備に準備を重ねて危険な冬山でも登頂〜無事帰還を信じてる真剣さが伝わってくるーー‼️そして岳大さんと優羽ちゃんも2人とも同じ色で同じようなデザインの指輪💍とお守りを作っているのが目に浮かぶようで微笑ましく感じるわ〜😊💞❤️ このタイミングで岳大さんと宅に流星くんと3人でお泊まり会🧑🧑🧒🎶🎶 天然のプラネタリウム🪐も楽しみだね😊岳大さんを信じて送り出そう⛰️