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放課後、校舎の廊下を照らす光がゆっくりと橙から藍へ変わっていく。
ドアが小さくきしんで開く音に、蓮司はペンを指で回したまま顔を上げた。
入ってきたのは同じ学年の男子。肩から下げたリュックが重そうに揺れている。
「……ここ、使っていいですか」
「どうぞ」
蓮司は椅子を指さし、ペンをくるりと一回転させた。
男子は少し迷いながら腰を下ろした。
机の角を指先でたどり、ためらいがちに口を開く。
「自分の居場所って、どこにあるんだろうって……
部活も中途半端で、家でも話が合わないし。
友達の輪にも、なんとなく入りきれないんです」
蓮司はペンを軽く弾きながら目を細める。
「“ここが自分の場所”って線引き、みんな無理やり引こうとするよな」
男子はうつむいたまま苦笑した。
「みんな楽しそうにしてるのに、俺だけ浮いてる気がして。
教室でも、どこでも。
どこにいればいいかわからなくなります」
「俺も似たようなもんだよ」
蓮司は椅子にもたれ、天井を見上げた。
「休み時間、誰かに話しかけられなくても別に平気だし、
家でもほぼ無言。
“居場所”って、実は一か所に固定する必要ないと思ってる」
男子が顔を上げる。
「でも、みんな“居場所を見つけろ”って言いますよね。
なんか、それができないと欠けてるみたいで」
「たぶん、“居場所”って家とか部活とかじゃなくて、
自分が少しでも呼吸しやすい瞬間の集まりじゃないかな」
蓮司は机に肘をつき、指でリズムを刻んだ。
「たとえば俺なら、放課後にこの部屋で
ただペンを回してる時間とか。
それだけで、誰かに認められなくても
自分の場所っぽく感じる」
男子は小さく息を吐いた。
「呼吸しやすい瞬間……」
「そう。場所はひとつじゃなくていい。
教室の隅でも、公園のベンチでも、
音楽聴いてるヘッドホンの中でも。
人に説明できない場所がいくつもあっていい」
しばらく沈黙が流れる。
窓の外では、薄紫の空が夜へと溶けていった。
男子は少しだけ目を細めた。
「……言われてみれば、
帰り道のコンビニの裏で、
自転車に寄りかかって音楽聴いてる時は楽かも」
蓮司はにやりと笑った。
「ほら、もう一個見つかった」
男子はわずかに笑みを浮かべる。
「居場所って、誰かに認めてもらわなくてもいいんですね」
「当たり前。自分が息できれば十分。
人に地図を描いてもらう必要なんてない」
男子はゆっくりと椅子から立ち上がった。
「……なんか、肩の力が抜けました」
蓮司はまたペンをくるりと回し、軽く片眉を上げた。
「抜けたなら、それが今の“居場所”だな」
蛍光灯の下で二人の影が静かに重なり、
その部屋自体が一瞬だけ、確かな居場所になった。