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俺のこの、たったその一言に、一瞬の静寂が流れる。
「……っ、テメェ……!!」
「待ってください! ロキ!!」
一拍置いて、我に返ったロキが急に激昂し、俺の胸ぐらを掴んでは、勢いよく壁へ押し付ける。
そして、すかさず取り出したナイフを俺の首へとあてがい、今にも切り裂かんとばかりに柄に力を込める。
「……っ!?」
背中の痛みで、息が詰まる。一方のロキはというと、怒りに満ちた瞳で俺を睨みつける。
「ロキ! やめてください!!」
ロキが何故激昂したのかも分からず、俺はとにかく話ができるようにロキを落ち着かせようとする。
「……!? 落ち着け! 俺の話を最後まで……」
「少しはまともな人間だと思って、見直しかけたのに……っ!!」
「……!」
本心なのだろうか……。ナイフを握るロキの手は、僅かに震えていた。
「違う、ロキ! 俺は……」
「……るさい、うるさいうるさいうるさい! うるさい!!」
ロキは遮るように叫んでは、俺の言葉に耳を傾けようとしない。
「やっぱり、人間なんて嫌いだ……。お前らは、最後はいつだって我が身可愛さで、保身に走るんだ! 結局お前も、アイツらと一緒じゃないか……!!」
心を閉ざすように、ロキが俯く。ナイフに込める力も少しずつ抜け、その瞳には、全てを拒絶するように光が失われていた。
(あぁ……この瞳を、俺は知っている……)
――――――信じることを辞め、ただ絶望している瞳。
――――――他人に裏切られ、傷つけられた悲しみの瞳。
ロキの過去に何があったのか、俺には分からない。昨日今日の関係の俺に、そんな事は知る由もない。
(だが、俺も妹も……全員で生き残るためにも、ここで諦める訳にもいかない――――――!!)
深呼吸をして、心を落ち着かせる。
出来るだけ慎重に、言葉を選んで……。今は俺自身の恐怖や感情など、そこらのドブに捨ててやる!
「……俺の言葉が足らずに、お前の信頼を失ったことは謝る。本当に悪かった」
「今更っ、取り繕ったって……!」
「そうだろうな」
ナイフを握る、ロキの腕を掴む。そして俺は、自身の首に再びナイフの刃を当てる。
「だからロキ。今、俺を信じられないなら……。―――――今すぐココで!俺を殺せ」
「……はぁ?」
俺の言葉に驚愕したロキが、顔を上げる。それはセージも同じで、二人は驚いた表情で俺の顔を見る。
「お前……、何を、言って……」
「いいか? 俺が今から話す作戦は、ここに居る全員が、それぞれの命を張って貰わなきゃ出来ないものだ。それはもちろん、俺だって例外なく同じだ。……だが俺は今、お前からの信頼を失った。お前からの信頼がなければ……。互いに信用し合えないならば、この作戦は失敗したのと同じだ。信用なしに、いつ死ぬかも分からない状況で、無駄死にするのは俺だってゴメンだ。……しかしお前の信頼を得るものなんて、今の俺には何も無い。何も信じて貰えるものなんか、持ってなんかない。……強いて賭けられるもんなんて、俺の命くらいしかない。だから今、俺を信用できないなら……。だったら今すぐ、俺を殺せ」
ロキの腕を掴んだ手に、力を込める。
「ロキ、お前が居ればセージと二人。この場から逃げ延びるのは簡単だろう……。その為には、今すぐ足手纏いの俺や妹を捨てて、魔獣の囮でも餌にでもして、さっさと逃げればいい。猿でも分かる、簡単な話だ。そうだろう?」
「ふざ……!」
「ふざけてない、俺は真剣だ。どうしたロキ、俺を殺すためにナイフを抜いたんだろ? まさか殺す覚悟もなしに、ただの脅しの為だけに、抜いたわけじゃないだろう? なら自分たちのために俺を殺して、セージを連れてさっさと行け。お前なら、それが簡単に出来る。そうだろ?」
俺の言葉を遮るように、セージが叫ぶ。
「やめてください! ヤヒロさん! ロキ!!」
ロキが俺の手から、自身の腕を引き剥がそうと必死に動かす。俺は全力で、それを阻止する。
「殺れ、ロキ。自分が生き残るためなら、他人なんて気にするな。お前の選択に邪魔なものは、全て切り捨てろ。『俺と妹は弱かった』、ただそれだけの事だ」
俺とロキの攻防戦で、ナイフがカタカタと震える。腕が抜け出せず、ロキの表情が焦りにも似たものに変わっていく。
「クソっ……!!」
「そして、一切振り返るな。それがお前が選んだ答えなら、尚更な」
刃が首の皮を切ったのか、微かな痛みと共に熱いものがツーっと首筋を伝う感触がする。その瞬間、『ハッ!』とロキの表情が固まる。
俺だって、なにも恐怖がない訳でもない。……しかし、今はそんなことを考えていることも、気にしている暇などない!
「……っ! 離せ……!!」
「離さない。選べロキ! セージとお前、二人だけで生き残るか。それとも、俺たち全員で生き残るか!!」
深く息を吸い込んで、止める。固く瞼を閉じた俺は、ロキの腕を両手で掴んで、首から少し離し……そして勢いをつける!!
「……っ! やめろぉぉぉぉぉぉお!!」