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相談室に入ってきたのは、どこにでもいそうな子だった。 派手でもなく、地味すぎるわけでもなく。けれど椅子に座るなり、深くうつむいたまま黙り込む。
「……で、今日は何を落としてった?」
「……私って、なんの取り柄もないんです」
小さな声。蓮司は片眉を上げる。
「勉強も普通、運動も普通、可愛くもないし。SNS見てても、みんなキラキラしてて……。比べたら、私って何もないなって」
「へえ。“自分は空っぽだ”ってやつか」
「……はい。周りにいても、いなくても、変わらない気がして」
蓮司は、机に肘をついてニヤリと笑う。
「じゃあ聞くけど――“特別なやつ”しか生きちゃいけないのか?」
「……それは、違うけど」
「だろ。世の中の大半は“普通”でできてる。なのに自分だけが“普通だから価値ない”って思うのは、勝手に自分を差別してるのと同じだ」
彼女は一瞬、言葉を失ったように目を見開く。
「……でも、私がいなくても回るじゃないですか」
「じゃあ逆に聞く。お前が消えたら、家族や友達の一部は“欠ける”んじゃねえの?」
「……それは……」
「世界全体を動かす必要なんかねえ。せいぜい半径数メートルの人間を揺らせば十分だ。――それが価値だろ」
しばらく黙っていた彼女の目に、じわりと涙がにじむ。
「……私、誰かの前で“普通のまま”でもいいんですか」
「いいに決まってんだろ。強がるキャラやキラキラなんて、使い捨てだ。けど“普通の自分”で続いてる関係が残ったら、それが本物だ」
彼女は初めて、小さく笑った。
「……ちょっとだけ、救われた気がします」
「ならよかったな。救いの証明は“生き続けること”だ。……大げさに言えばな」
帰っていく背中を見送りながら、蓮司はひとり呟いた。
「“普通でいい”って言えるやつのほうが、よっぽど特別なんだけどな……」