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妹の真麻が帰った10分後、健吾はイカナゴのくぎ煮が入った袋を手にして理紗子のマンションへ向かっていた。

健吾の家ではご飯もめったに炊かないのでどうせならと理紗子の所へ持って行く事にした。

さっきまでいた理紗子のマンションに再び向かうのも変な気がしたが致し方ない。

とにかくもう一度理紗子に会えると思うと不思議と足取りが軽くなる。


(俺はどんだけ理紗子Loveなんだ?)


若干ニヤけながら歩いているとあっという間に到着した。


エントランスでインターフォンを押すと理紗子の明るい声が返ってきた。


「あれぇ? どうしたのー忘れ物?」

「いや、佃煮を山ほど貰ったから持って来た」

「佃煮? うわぁ大好き! 今開けるね」


エントランスの鍵が解除されたので健吾は中へ入りすぐにエレベーターに乗った。

理紗子の部屋がある階でエレベーターを降り廊下を歩いていると突然理紗子の部屋のドアが開いた。

そしてなんと中から男性が出て来た。


健吾は驚きつつ男性をチェックする。歳は健吾よりも少し下だろうか? 紺色のスーツをビシッと着こなしたなかなかの色男だ。

身長は180センチある健吾とほぼ同じ、ツーブロックのこざっぱりとした髪にシルバーフレームのメガネをかけ一見するとインテリ風で仕事のデキるタイプに見えた。

理紗子の小説の大手出版社の人間か?


男二人がすれ違う瞬間男は鋭い目つきで健吾をチラリと見ると軽く会釈した。

健吾も同時に会釈をする。その時二人の視線が一瞬交錯し緊張感が漂う。


その時健吾の頭の中に真麻の言葉が過る。


『誰かに取られちゃうよ! リサ先生は美人で才能もあって優しくて凄く素敵な女性なんだからね!』


健吾はこぶしをギュッと握ってからその男を振り返る。しかし既に男の姿はそこにはなかった。



健吾はホッと息を吐くと姿勢を正して理紗子の部屋のインターフォンを押した。


「はーい」


中から理紗子の明るい声とスリッパのパタパタという音が響きドアが開いた。


「いらっしゃい! 今日は二度目だね」


微笑みながら理紗子は健吾を中に入れた。

健吾は佃煮を渡してすぐに帰るつもりだったが先程の男の事が気になったので少しだけ上がる事にした。


「仕事中だろう? すぐに帰るから」

「うん、大丈夫。ちょうどコーヒーをもう一杯入れようと思ってたところだから」


健吾がダイニングテーブルまで行くと、そこには飲み干したカップが二つ置いてあった。

おそらく先客のものだろう。


「今出て来た人は仕事関係の人?」

「うん、そうだよ。美月出版の磯山さんっていうの。デビュー当時からお世話になっている編集さん」


理紗子は健吾が渡した佃煮の蓋を開けて「うわー」と感激しながら説明した。


「年齢は俺と同じくらい?」

「磯山さんは確か私よりも7つ上だったと思うからうーんと36歳かな?」

「へーそうなんだ。彼は結婚しているの?」


理紗子は一瞬なんでそんな事を聞くのだろう? という顔をしていたが、


「磯山さんはまだ独身だよ。でもねー社内ではきっとモテると思うよー」


理紗子は少し意味深に言った。そこで健吾は気になっていた事を聞く。


「理紗子がキスマークを見られた人っていうのはあの人?」

「そうだよー、あの時は本当に恥ずかしかったんだからねー」

「ところで編集者って小説家の家に頻繁に来るの?」

「ほとんど来ないよ。私の場合は何かあればこっちから出向くようにしているから」

「じゃあ今日はなんで?」

「なんか出版関係のイベントが近くであったんだって。それでケーキを……あ、そうだ! ケンちゃんも一緒に食べようよ」


理紗子はいそいそと冷蔵庫へ向かった。


(『近くまで来たからー』の『スイーツ作戦』か! わかり易い手口だな)


健吾は気に入らないといった様子でかなりイライラしていた。

そこで理紗子が健吾に聞いた。


「ケンちゃんどのケーキがいい?」


理紗子が差し出した箱の中には高級なケーキが5つも入っていた。箱に書いてある店名を見てすぐにどこの店のものかわかった。


(これはお台場のホテルに出来たばかりの人気パティシエの店のものだな。チッ、サラリーマンのくせに無理しやがって)


その店のケーキは一番安くても一つ1000円台だった。それを5個もだ。

いや、もしかしたらこれは経費で落ちるのだろうか?


「じゃあこれにしようかな」


健吾はモンブランを選んだ。理紗子は悩みに悩んだ末定番のショートケーキを選ぶ。


理紗子が淹れたてのコーヒーを持って来てくれたので二人はケーキを食べ始めた。

食べながら向かいに座る理紗子からはローズの甘い香りが漂ってくる。

健吾が毎日使って欲しいと言ったのを聞いてちゃんと使ってくれているようだ。

しかし健吾はそこではたと気付く。


(この香りをあの男も嗅いでしまったのか、くっそー、非常にまずい、とてもまずい。この香りを嗅いだらどんな男も理紗子の虜になってしまう)


健吾が小さなパニックを起こしていると理紗子が気付いて声をかけた。


「どうしたの?」

「い、いや、なんでもないよ」


健吾は慌てて作り笑いをするとあの男が持って来たケーキを一口食べた。


(ムムッ、美味い! こんなに美味いと食いしん坊の理紗子がまんまとそそのかされてしまう)


健吾が予想した通り理紗子が叫んだ。


「うわーっ、このショートケーキ、クリームがやばいよ! ケンちゃん一口食べてみなよ」


理紗子はうっとりした表情のまま健吾にショートケーキを差し出す。

極上のショートケーキの虜になった理紗子を見て健吾の不安が高まる。


その時再び真麻に言われた言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡る。


『誰かに取られちゃうよ!』

『誰かに取られちゃうよ!』

『誰かに取られちゃうよ!』


そこで健吾はハッとした。


(俺は何であんな奴と対決しているんだ? 堂々としていればいいんだ堂々と)


そしてなんとか平静を装うと理紗子のショートケーキを一口貰った。


「あっ、ほんとうだーねぇー、おいしいねぇー」


若干棒読み気味のセリフを口にして健吾はなんとかその場をごまかした。


「ケンちゃんのモンブランも一口ちょうだい」


健吾が皿を差し出すと理紗子はモンブランを一切れ口に入れて再び美味しいと感動していた。


その後理紗子のお喋りを聞きながら健吾が理沙子の仕事机に目をやるとノートパソコンの画面には文字の羅列が見えた。

きっと先ほどまで仕事中だったのだろう。

これ以上仕事の邪魔しても申し訳ないと思いコーヒーを飲み終えると健吾は理紗子の家を後にした。



健吾がエレベーターを待っている時、理紗子はまだドアの前で健吾を見送ってくれていた。

健吾がエレベーターへ乗り込む際には、


「ケンちゃん佃煮ありがとう」


と笑顔で叫んでくれた。

こんな些細なやり取りにも胸が熱くなる。


(俺は完全にイカレてる)


健吾はつくづくそう思いながら苦笑いをする。

そして今起きた事を冷静に分析してみる。


(『佃煮』バーサス『一流パティシエのスイーツ』、完全に敗北だな)


健吾はガックリと肩を落とした。


マンションを出て信号待ちをしている時、健吾は自分の事がおかしくなり思わず吹き出してしまった。

理紗子と知り合ってからというもの自分の知らない一面を発見してばかりだ。健吾にはそれが凄く新鮮に思えた。


帰り道健吾は折角だからと『cafe over the moon』へ寄って行く事にした。

カフェに入ると店長がいたので軽く挨拶を交わしてからコーヒーを購入しカウンター席へ座る。

そしてスマホで相場をチェックしながらゆっくりとコーヒーを飲んだ。


相場のチェックが終わると健吾は窓の外を眺めた。夕方のこの時間帯は足早に家路に向かう人、学校帰りの学生、子供連れの母親がせわしなく行き交っている。車の交通量も少し増えてきたようだ。

その時健吾は人混みの中に見覚えのある人物がいる事に気付いた。その男性は交差点の角にあるコンビニの前に立っている。男性は信号を渡るでもなくコンビニに入るでもなくただじっと立ったまま行き交う人を眺めていた。

その様子はまるで誰かを探しているようだ。

そこで健吾は思い出した。


(あいつは……)


そう、そこにいたのは先日健吾のセミナーに来ていた理紗子の元彼の坂本弘人だった。

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コメント

3

ユーザー

健吾さ~ん、そうそう....😁完全にイカれてるんだから さっさと告白しちゃいましょう‼️.💝🤭 それはそうと....やっぱり弘人が😱😱😱 早く正式に付き合って、梨紗子ちゃんを 危険なストーカー弘人から守ってあげて‼️

ユーザー

ꉂꉂ🤣𐤔𐤔健吾くん!そーですよ〜!非常にまずい、とてもまずいですよー!!! 完全にイカれてるついでに熱烈に告白しちゃいましょう❤️‍🔥取られちゃいますよ〜🤭 なんて健吾を揶揄ってる場合じゃないことが…弘人が…いたよ… 健吾!頼むっ(*>人<)🙏🏻´-

ユーザー

真麻ちゃんの言葉が脳裏に反復するかのようにタイミングよく担当者が来てたね〜🤭🤭🤭 美味しいケーキ、独身イケメン担当者が理沙ちゃんの部屋から出てきたらそりゃ心配だわね😅 でも理沙ちゃんは全然普段通りで健吾が来る前に2人の間で何かあった感はないんだけど😋 それだけ理沙子LOVEなのを認めてる健吾💘 しっかり気持ちを伝えるのももうすぐ😘 そのタイミングで絶対理沙ちゃん狙いの弘人が⚠️ さぁ健吾どうするの⁉️

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