それから一週間が過ぎた。
健吾はあの日家に帰ってから理紗子に電話して弘人を見かけた事を話した。すると理紗子はパニックになっていた。
「だって彼は今の私の住所を知らないわ」
「前の会社の人で君の新しい住所を知ってる人はいないのか?」
「仲が良かった同期二人には新しい住所を知らせてるわ。でも二人ともしっかりしているから第三者に安易に個人情報を教えたりはしていないと思うわ」
「まあもし詳しい住所を知っているとしたら直接マンションまで行っているだろうからそこまではまだ突き止めてはいないのかもしれないな」
「今度二人にやんわりと聞いてみる。会社の誰かに私が住んでいる場所を教えていないかってね」
「そうだね、一度確かめてみた方がいい」
それから健吾はこれから外を歩く際には弘人がいないか用心しろと言った。
駅やカフェ、コンビニや交差点など待ち伏せされそうな場所には特に注意しろと言った。
そしてマンションへ入る際も周りをチェックして充分注意してから入るようにと言った。もしマンションを特定されてしまえば引越しを余儀なくされるのでそれだけは絶対に避けたかった。なぜなら理紗子はこのマンションを終の棲家として購入したからだ。
「わかったわ。絶対にバレないように注意するわ」
健吾はもう一つ理紗子に注意を促した。
SNSの呟きサイトに写真をアップする際その場所がどこか特定されないように注意しろと言った。
店内の様子や窓から見える景色、さらには窓ガラスに映る看板一つからでもすぐに場所は特定できてしまう。
ストーカーをするような人間の執着心を甘く見てはいけないと健吾は言う。
「おそらく君の行きつけの店が『cafe over the moon』だとわかっていたのでカフェの前で張り込んでいたんだろうな」
それを聞いて理紗子はゾッとした。『cafe over the moon』の店舗はこの辺りにはいくつもあるのに理紗子が頻繁に利用するカフェまで弘人が辿り着いていたからだ。
その日の夜、理紗子は前の会社の同期の亜美と早智子に久しぶりにメッセージを送った。こちらから連絡を取るのは理紗子の小説が映画化された時以来だ。
すると亜美からすぐに返事が来る。
【理紗子元気ー? メッセージありがとう。理紗子の活躍ぶりいつも見てるよーっ】
【亜美元気そうだね。会社のみんなは変わりない?】
【うん。あ、でもね、あのオタク長田さんがなんと結婚したんだよ。それも相手は取引先のお嬢さん】
【えーっ、あの長田さんが? それはびっくりー。でもさ長田さんってオタクだったけれど優しかったよね】
【そうそう、その性格が見込まれたんだと思うよ。あのうっとおしい長い髪もスッキリ切っちゃってさ、おまけに新妻のセンスがいいみたいで今は超絶おしゃれになってるんだよー】
【信じられない見てみたいなー】
【今度写真撮って送るよ】
【ありがとう。でさ、ちょっと聞きたいんだけれど会社の人で今の私の住所を知っている人は亜美と早智子以外にいないよね?】
【もちろん。だって有名小説家の個人情報なんて漏らしたら大変だもん】
【うん、ありがとう。ちなみにどの辺に住んでるのーとか何区に引っ越したのーとかも聞かれてないよね?】
【私は特に聞かれていないけど何かあったの?】
【うん、ちょっとね】
そこで早智子が割って入って来た。
【理紗子ー久しぶりやん! 雑誌の『elegance』見たよー。もうさ、あの雑誌会社に持って行って皆で回し読みしちゃったよ。前田課長なんて綺麗な理紗子を見てこりゃー別人だろうとかなんとか言っちゃって、でも嬉しそうだったよ】
【えーっ? 恥ずかしいから持って行かなくていいよー】
【いーのいーの理紗子は私達の憧れなんだからそれくらいは楽しませてよ。で、なになに? 住所がどうしたの? まさか有名になってストーカーとかされてるんじゃないでしょうねぇ】
【そんなんじゃないけれど二人以外に私が品川区に住んでいる事を知っている人がいるかどうかだけ知りたいんだ】
【あ、そう言えば『elegance』を回し読みしていた時に、ほら、営業の坂本さんって覚えてる? あの人がちょうどいてさ、雑誌を見ながら水野さんは昔杉並に住んでいたよねーって話しになってさ、今はどこにいるんだろうって聞かれたのを今思い出した】
理紗子はそのメッセージを見て不安げな表情になる。
【それで早智子はなんて答えたの?】
【大丈夫だよー住所は漏らしていないから。ただね、今は品川にいるみたいとは言っちゃった、ごめん。でもさ、坂本さんって体育会系のさわやかな感じじゃない? 理紗子とも仕事上では仲良くしていたみたいだからそのくらいは言っても大丈夫かなって思ってついうっかり言っちゃった】
そこで亜美が割って入って来た。
【早智子は口が軽いんだから。例え良く知った人でも本当はそういうの教えちゃだめなんだよー。そういうの基本だからね】
亜美は人事部に長く所属しているだけあってそういう事には厳しい。
【ごめーん、今度から気をつけるわ】
【ううん大丈夫だよ。色々教えてくれてありがとう。今の仕事が一段落したらまた時間が取れるからまた三人で飲みにでも行こうよ】
【やったー! また理紗子の新作の話が一番に聞けるんだね、楽しみにしてるよ】
早智子が無邪気に喜んでいると亜美が言った。
【理紗子ちょっといい? まだ本決まりじゃないんだけど今人事部で『ウーマンズレクチャー研修』の企画を練ってて次の講師の候補に理紗子が上がっているんだ】
【『ウーマンズレクチャー研修』ってまだやってるんだ?】
【うん。今さ、うちの会社が新しく売り出しているマンションのテーマが『夢を叶える』なんだよ。だから理紗子はそのテーマにぴったりだねって話になってて候補に上がったの。元はうちの社員だしね】
【そうなの?】
【うん。だからもしかしたら近いうちに人事部から打診が行くかもしれないからその時はよろしくね】
【うん、わかった。教えてくれてありがとう】
そこで理紗子は二人と挨拶を交わしてからやり取りを終えた。
(『ウーマンズレクチャー』の講師に私が?)
その研修は理紗子も会社員時代に受けた事がある。
毎回テレビで観るような著名人が講師として来ていた。その研修にまさか自分が講師として行くとは夢にも思っていなかった。
講師に呼ばれるほど自分は頑張って来たのか? そう思うと感無量だった。
しかし理紗子はそこでハッとする。弘人の件を急に思い出した。
理紗子は慌てて健吾にメッセージを送った。
【会社の同期に確認したら『品川区にいる』って事だけ弘人に教えちゃったみたい。でも詳しい住所は教えていないそうです】
メッセージはすぐに既読になった。
【やっぱりな。じゃあ奴が探していたのは理紗子で間違いないな。おそらく品川区内の他の『cafe over the moon』にも行ってるだろう。くれぐれも気をつけて】
【わかった。心配してくれてありがとう】
理紗子からのメッセージに健吾は思わず微笑む。
顔は微笑んではいるが坂本弘人に対する怒りはマックスだった。
自分が酷い捨て方をした女になぜ今更執着するのか健吾には全く理解出来なかった。
(俺の大事な理紗子に手出しなんてさせないからな)
健吾は心の中でそう呟いた。
コメント
2件
「俺の大事な理紗子に手出しなんてさせないからな」 その言葉信じてるよ!よろしく〜(*>人<)🙏🏻´- っで、っで、健吾くーん!!! いつそれを口に出して理紗子ちゃんに伝えるのでしょーか〜?(˙˘˙*)? それにしても弘人…仕事してるの?怖すぎ…😰
弘人も投資🐎🦌じゃなかったってことか。逃した魚はとてつもなく大きかったって事に気づくのが遅すぎ😣 そして成功してる健吾を毛嫌いして自分が浮気して捨てた理沙ちゃんには今更ストーカー化してどーしたいんだよo(`ω´ )o 一度は惚れた女と別れたんなら幸せを祈ってあげて欲しい🙏 ただ弘人は妬みの塊っぽいからしっかり健吾が理沙ちゃんを守ってあげてね🥺❣️