コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
――時刻は少し遡る。
モルノスクールから遠く離れた、とある無人の空き家の屋根上。
その上で、クロエとルコサは今日も変わらずアオイの監視を続けていた。
しかし――
「……なぁ、ルコさんよ」
あまりにも“何も起きない”日々に、クロエはさすがにイライラを募らせていた。
自然と、口調も荒くなる。
「んー? なにー?」
だるそうに寝転がったまま答えるルコサ。
昔はよくパーティーを組んでいた仲だ。クロエの不機嫌にも、慣れているらしい。
「俺たち……何してんだよ。いい加減に説明しろや。
殺すぞマジで。これ、ただのストーカーじゃねーか」
ルコサは頭をぼりぼりかきながら、なおも寝転んだまま答える。
「何もないってことは、平和ってことじゃない?」
「ちげーよ。“何もない”なら、“この仕事が終わる”ってことにはなんねーのかって聞いてんだよ」
「うーーーーーん……」
「ま、ルコさんに言っても無駄か。……【神】からは何も指示ねーのかよ?」
「前に言ったでしょ。
“何かあるときは、必ず俺が知ってる状態になってる”。
つまり、今の俺が悩んでるってことは、何もないってこと。確定なんだよ」
「クソが……」
苛立ちをあらわにするクロエ。
そのとき――下から気配が跳ね上がる。
空き家の屋根に、二人の影が飛び乗ってきた。
そのうち一人、女の制服姿の人物は、長い黒髪をふわりと揺らしながら着地する。
片手で髪を払って整えると、皮肉な笑みでクロエに声をかけた。
「相変わらず怒ってるさね? そんなに眉間にしわ寄せてると、将来シワが取れなくなるさね」
「あ? 怒ってねーよ! んなこと言うお前こそ、俺より年下だろーが!
……つかルダさんよぉ!? なんでアオイと同じ制服着てんだよ!」
小型犬のように吠えるクロエ。
だが、相手はルダ。まったく効いていないどころか――逆効果。
“年下”という単語を聞いた瞬間、ルダの目がきらめいた。
両腕を自分の胸の前で組み、頬をほんのり染めながら、震える声で。
「あぁ……あぁ! クロエには……私が【年下】に見える、さね……?」
「あ、あぁ? だからなんだよ」
「ククククク……」
「な、なんなんだよ」
クロエが顔をしかめて距離を取るほど、ルダの体はぶるぶると震えはじめていた。
まるで、“これ以上ない快感”に浸っているかのように。
――クロエは心底、気味悪そうにその光景を見つめていた。
その様子を知っているルコサと、珍しくクロエが“気持ち悪がっている”姿を静かに見つめていたオリバルが、ぽつりと話しかける。
「ルコサ……クロエが気持ち悪がるのって……何年ぶりだっけ……」
「あー……確か学校で会った頃だから、11年前とか?」
「そんなにか……久しぶりだな……」
「うん。あの頃が懐かしいよ」
そんなのんびりとした会話をしていると、ルダを完全にスルーしたクロエがぐるりと振り返って叫んだ。
「お前ら! こいつなんとかしろ!!」
「はーいはーい」
「……いや……俺はあんまり……ルダ知らないし……」
「ちっ、使えねーな……交代か?」
「交代だ……今度は俺が見る……」
「はいよー……あー……やっと暇な時間から解放される。えーっと……」
クロエは、ルダたちが屋根に飛び乗ってきたときに解除していた【千里眼】の魔法を、再び展開する。
――そして、アオイの様子を覗いた。
「今、『対象』はみんなの前で……変なポーズを__」
【千里眼】から報告されたその内容を聞いた瞬間、真っ先に反応したのはルコサだった。
「ッ! まずい! みんな全力で――町を離れるぞ!!」
「「「……?」」」
三人は一瞬、意味が飲み込めなかったが――
ルコサが“本気で焦っている”。
それだけで、一流の冒険者たちは即座に“これは緊急事態”と察した。
ルコサは叫ぶなり、屋根を蹴って空へ跳び――
そのまま【転移魔法】で姿を消し、外へ向かった。
ルダは制服が破れるのも気にせず、背中から昆虫のような翅を生やして飛翔。
上半身が下着姿になりながらも一直線に空を切っていく。
クロエとオリバルは【獣人化】の魔法を発動。
屋根から屋根へ、町を跳ね渡りながら、地を蹴り、ルダに負けない速度で駆け抜ける。
「チッ……なんなんだよ、マジで!」
――そして、ついに“その瞬間”が訪れた。
「――『魅了』」
誰かの声が響いたわけではない。
だが、それは彼ら【神の使徒】の耳に、はっきりと届いた。
そして、次の瞬間――
「なんだありゃぁあ!!?」
クロエが振り返ると、モルノスクールの方角から――
“ピンク色のドーム”が膨らむように広がっていた。
まるで魔力の奔流。
いや、違う。もっと本能に訴えかける、“脅威の色”。
それはクロエたちよりも遥かに速いスピードで、町そのものを呑み込んでいく。
「くそっ! オリバ! 全速力だ!!」
「あぁ……!」
オリバルも加速する。全力疾走。命がけの逃走。
ようやく《モルノ町》の結界が見えてきた、その瞬間――
背後の“ピンクの波”が、すぐそこまで迫っていた。
「くそっ……間に合ええぇ!!」
「うおぉぉ……!!」
クロエとオリバルは、寸前でギルドの結界を突破。
その瞬間――
ピンクの波は、結界に弾かれるようにして止まった。
「はぁっ……はぁっ……」
二人とも肩で息をしながら、辺りを警戒する。
町の外は魔物の縄張り。気は抜けない。
そこに、ルコサとルダが合流する。
「おい! 何が起こったんだよ!!」
「……」
クロエは、ルコサの胸ぐらを掴んで叫んだ。
ルコサも、真剣な表情でクロエを見返す。
「ちっ……!」
クロエはルコサの胸ぐらを離し、もう一度町の方へ視線を向ける。
だが、視界にはただ……ピンク一色の世界が広がっていた。
モルノ町の姿は、もうどこにもなかった。
「……これは『魅了』だ」
「!?」
「これが、あの『魅了』……?」
オリバルがぽつりと聞き返す。
それも無理はない。
――本来、『魅了』とは。
自身のフェロモンを精密に制御し、狙った相手の好みに合わせて構成する魔法。
そして、そのフェロモンによって“恋愛感情”を刺激する、極めて個人的かつ限定的な魔術である。
だが。
目の前に広がるこの“魔法”は、明らかに……それとは違っていた。
「説明……できるさね? ルコサ」
いつの間にか制服に戻っていたルダが、結界の向こうを指差しながら静かに問いかける。
ルコサは、しばし無言のままピンクに染まった町を見つめ……やがて口を開く。
「『女神』の作り出した魔法――『魅了』。
僕たちの知っている【魅了】は、その“本物”の……劣化版にすぎない」
「……不完全、だったさね?」
「あぁ。これまでの『魅了』も、確かに規格外だった。
何度も、常識を覆す現象を引き起こしてきた……だが、それでも“未完成”だった」
「腑に落ちないね。じゃあ、これはなんだい?」
ルダが、ピンクに染まった町を指す。
「あぁ、これは――“完全な『魅了』”だ。
この中では、中心にいるのは『女神』であり……“世界そのもの”が、そこから広がっている」
「!?」
「そう……『女神』の『魅了』は、ただの感情操作じゃない。
それは【『この世界に干渉して操作する』】……そんな力なんだ」
「それじゃあ……まるで、【神】じゃないさね……!?」
「最初から言ってるじゃないか。――『女神』だって」
ルコサの声が震える。怒りに、警告に、そして……呆れにも似た感情に。
「君らは、何と戦うつもりだった? 最強の魔物か? 最強の誰かか?
世界一美しい女か? それとも――【勇者】の成長記録か?」
「違う……違う、違う、違う、違う、違う!!!」
ルコサは叫ぶように言い放つ。
「お前らが見ているもの――戦おうとしている相手は……
正真正銘の“『神』”なんだよ!!!」
クロエも、ルダも、オリバルも……その場に立ち尽くした。
誰一人、言葉を返せなかった。
否。返せるはずがなかった。
彼らは……いや、誰もが――
『女神』という存在を、どこかで“なめていた”のだ。
「じ、じゃあ……どうして殺さなかったんだよ……【『アオイ』】を……!」
クロエの声は震えていた。
当然の疑問だった。
もし本当に『女神』が脅威で、アオイがその器なら――最初から殺しておけばよかったはずだ。
それなのに。
「言ったよね……【『アオイ』】は“【神の子】”でもある。
“殺せる時”が来ないと、絶対に……殺せない」
「じゃあ……どうすりゃいいんだよ! なんで監視なんかしてたんだよ!」
クロエは叫ぶ。
目の前で起きているのは『異常』だった。
人生で、見たこともない――想像を超える、世界の崩れ方。
ルコサは、一度深く息を吐くと……静かに思考を走らせはじめた。
「……待って。たぶん、この『魅了』は……『女神』にとっても予想外」
「……え?」
「だって、そうだろ?
もし本気で“使う”つもりだったなら、もっと強力なのを選んでる。
たとえば――【結界】なんて最初から貫通してくるような、完全な魔法を。
それが来てないってことは……監視。そうか――!」
ルコサはハッと顔を上げると、町の結界の方へと歩き出す。
「お、おい! 何してんだよ!」
「ルコサ……!」
「何するさね……!」
3人の叫びに振り向きもせず、ルコサは一歩、また一歩と結界に近づいていく。
そしてようやく振り返り――いつもの、ダルそうな笑みを浮かべた。
「あー……たぶん、これからの指示はクロエに届くと思う。
俺は……中に入って、『世界』に干渉する」
「っ……!」
「……死んだら、ごめんな?」
「おいっ……待て!!」
クロエは咄嗟に手を伸ばした。
その手は――届かない。
ルコサは、結界の中。
“あの町”――“ピンクに染まった『世界』”へと、引き返していった。
________
【魅了】
『魅了』は、一時的に対象に適したフェロモンを生成し、相手に軽い好意を抱かせる魔法である。
魔力消費は極めて少なく、効果も短時間で切れるため、実用性には乏しいとされている。
この魔法は古くから存在し、主に学生の間で軽い好奇心から使用されることが多い。
しかし、使用されたとしても対象者の生活に深刻な支障が出ることはなく、日常的な魔法の一種として扱われている。
なお、『魅了』の魔法陣は高度に完成された構造を持ち、改造や強化が困難である。
そのため、研究価値は低く評価され、冒険者が戦術目的で使うこともほとんどないことから、学術的な調査は後回しにされているのが現状である。
特に恋愛文化が盛んなミクラル王国では、すでに『魅了』の完全な上位互換として【チャーム】が開発されており、
現代では『魅了』自体の存在意義が薄れつつあり、忘れられつつある魔法となっている。
【チャーム】
【チャーム】は、対象の精神構造そのものに作用し、特定の感情や認知を直接的に“書き換える”高等魔法である。
従来の『魅了』がフェロモンによる生理的反応を利用していたのに対し、【チャーム】は魔力信号を介して脳内に干渉し、
“恋愛感情”“従属意識”“忠誠心”など、特定の感情や価値観を強制的に植え付けることが可能である。
この魔法は高度な魔力制御と対象理解が必要であり、発動者の精神構造や感情の安定も精度に影響するため、実用には厳しい訓練が必要とされる。
一部の国家・貴族階級では【チャーム】を外交・交渉・諜報任務に用いることもあるが、
強力な干渉能力ゆえに倫理的問題も多く、乱用は厳しく規制されている。
また、魔法構造の性質上、対象者に一定の精神耐性があれば完全な効果は得られず、解除魔法や精神保護系の装備によって無効化されるケースもある。
ミクラル王国においては恋愛魔法として研究され、貴族階級を中心に一定の地位を確立している。
現在では『魅了』に代わる新たな“感情操作魔法”として知られ、術者の格を示す象徴ともなっている。
『魅了』
『女神の繝溘Μ繝ァ繧ヲ繝医リ繝弱Ν縺?繧ア繝弱そ繧ォ繧、繝倥Φ繧ォ繝ウ繝槭⊇繧ヲ
繧サ繧ォ繧、繝イ縺、縺上j繧ォ繧ィ繝ャ繝ォ繝槭?繧ヲ』