テラーノベル
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「……なんか、疲れた。推せない自分に」
「……何の話?」
夕暮れの図書準備室。蓮司がテーブルにプリントを広げていると、いつの間にか机の反対側に座っていたのは、三輪くるみ。地味でも派手でもない、けれど不思議に印象に残るタイプの生徒だ。
「“推し活”って、あるじゃん。アイドルとか、Vとか、2.5次元とか。
みんな目キラキラさせて語ってて、“推しが生きる希望”って言ってて……すごく羨ましいんだよね」
「へえ、そういうタイプに見えなかった」
「見えないよ。だって私、推しとかいないから」
くるみはかすかに笑った。でもその笑みは、自分にすら冷たいようだった。
「私、好きなものが分からない。何かに夢中になった記憶がない。“推しがいる人”に憧れるけど、だからって誰かに無理やりハマることもできなくて」
蓮司はしばらく黙っていた。けれど、ふっと口角を上げて言う。
「なるほどな。……“みんな夢中で羨ましい”って、思いながらその輪の中に入れない。孤独の種類が、一周まわって斬新だ」
「ね。意味わかんなくない?別に困ってるわけじゃないのに、虚しくて」
「俺も似たようなとこあるけどな」
「……嘘。蓮司はなんでも興味ありそう」
「“なんでも興味ありそう”ってのは、“どれも本気じゃない”とも言うんだよ。
俺も、“全部そこそこ楽しいけど、これが好きって言えるもんない”って思ってるとき、あったし」
くるみは小さく驚いた顔をした。そういう顔を見せたのは、たぶん初めてだった。
「“推せない自分”って、たぶん、“自分自身に興味持ててない”ってことなのかもな」
「それって、最悪じゃん」
「かもね。でも――それに気づけてるなら、たぶんまだ間に合う」
「何が?」
「“推せる自分”を探す旅。俺も今、途中」
くるみの目が少しだけ揺れた。
「……それ、なんか胡散臭いカウンセラーみたい」
「名誉“仮免カウンセラー”です」
「バカじゃん」
そう言ってくるみは初めて、素で笑った。
その笑顔は、推しを見つけたときの、それに少し似ていた。
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