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『風鈴が鳴る理由』
毎年、夏になると、僕の部屋には風鈴が吊るされる。
吊るしたのは僕じゃない。
母が亡くなってからは、誰も風鈴を飾っていないはずだった。
だけど、気づけばいつの間にか、窓辺にぶら下がって、やさしい音を立てている。
チリン、チリリン。
夜の静けさの中で、それはまるで誰かの囁きのようだった。
最初は気のせいかと思った。
でも次の年も、その次の年も、同じ風鈴が同じ場所に現れた。
風なんて吹いていない夜でも、まるで誰かがそっと触れているように、小さく鳴る。
僕はある年、決心して、風鈴の下にカメラを仕掛けた。
深夜の0時、録画の赤い点が点滅し、何もない部屋を見つめ続けた。
翌朝、映像を再生して僕は言葉を失った。
0時3分。
映像の中で、風鈴が――誰かの指に触れられて、わずかに揺れた。
その手は、小さくて、白くて。
まるで子どものようで。
でも、その指先は――透けていた。
あぁ……この手は……
僕の妹は、母と一緒に交通事故で亡くなった。
まだ、五歳だった。
あの子は風鈴の音が好きだった。
うるさいくらいに何度も揺らしては、母に笑われていた。
僕は、風鈴を外さなかった。
毎年、また、会える気がしたから。
チリン、チリリン――今日もまた、静かな夜に風鈴が鳴る。
そして、風鈴の下には、小さな手書きの文字が残されていた。
「また、きたよ」
――それが、毎年の夏のはじまりだった。