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放課後の教室は、夕日の色に沈んでいた。
カーテンが風に揺れ、机の上のプリントをかすかにめくる。
その光の中で、彼女はぽつりと呟いた。
「……人を羨ましいって思う自分が、嫌なんです」
声は小さかった。
けれど、言葉の奥には、長いあいだ抱え込んだ痛みの重さがにじんでいた。
遥は机の端に腰をかけ、カーテンの影に目を落とす。
「羨ましいって、どういうときに思う?」
「うまくいってる人を見たとき。
友達に囲まれて笑ってる人とか、
SNSで“幸せそう”な人を見たときとか。
なんか、自分だけ置いてかれた気がして。
……そんなふうに思う自分が、情けなくて」
指先でノートの端をいじりながら、彼女は言葉を絞り出した。
遥は少し間を置いてから言った。
「……俺もあるよ。そういうの」
彼女が顔を上げる。
遥はゆっくりと視線を窓の外へ向けた。
「誰かを見て“いいな”って思うたびに、自分が小さく感じて、腹の奥がざらざらする。
でも、羨ましいって思うのって、本当は“自分もそうなりたい”っていう気持ちの裏返しなんじゃないかな」
「裏返し……?」
「うん。羨ましいっていう感情って、たぶん“憧れ”と“自己否定”が混ざってるんだと思う。
前半はきっと綺麗なんだ。誰かみたいになりたい、っていう願い。
でも後半の“自分にはできない”が強くなると、それが苦しくなる」
彼女はしばらく黙っていた。
教室の時計の針が、小さく“カチリ”と音を立てる。
「……じゃあ、羨ましいって思ってもいいんですか?」
遥は、ほんの少し笑った。
その笑みは明るいものではなく、どこか痛みを分かち合うような優しさを帯びていた。
「いいと思う。
むしろ、“羨ましい”って思えるのは、自分にまだ希望が残ってる証拠だよ。
もうどうでもいいって思ってたら、誰かを羨ましいなんて思わない。
だから、それは“まだ生きようとしてる”ってこと」
彼女は目を伏せたまま、少しだけ唇を震わせた。
「……そう聞くと、ちょっと救われます」
「誰かを羨ましく思うのは、ダメなことじゃない。
でも、自分を責めるたびに、“俺はまだ足りない”って傷が増えてくんだ。
だから、“いいな”って思ったら、次は“じゃあ自分はどうしたい?”って、
ほんの少しだけ自分の方を見てやればいい」
「……難しいですね。」
「うん。難しいよ。
でも、そうやって迷ってる時間も、たぶん悪くない」
沈みかけた夕日が、教室の隅を照らす。
光に包まれた彼女の横顔は、ほんの少し穏やかに見えた。
「ありがとう。……なんか、少しだけ自分を責めるの、やめてみます」
「それができたら十分だよ」
ドアが閉まったあと、遥は一人残された教室で、窓の外を見つめた。
遠く、部活の掛け声が聞こえる。
その声に、遥は小さく息をついた。
──羨ましいと思う自分も、きっとどこかで、生きたいと願っている。
そう心の中で呟きながら、彼は机に広げたノートを静かに閉じた。