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放課後。校内の喧騒が遠ざかるころ、旧校舎の階段を上がる音がした。それは、やや細いローファーの音だった。
ドアの前で立ち止まると、ためらいがちにノック。
「入ってるーけど、掃除の人なら明日にしてくれ」
「……ちがいます。あの……相談って……まだ、やってる?」
「……おぉ。めずらしく女の子。歓迎はしないけど、まあ座ってけば?」
そう言って、蓮司は自分の足を机から下ろした。
座る位置を斜めにずらし、興味なさげにお菓子の袋をガサゴソいじっている。
女子生徒は、名札を胸に留めたまま、少し迷ってから腰を下ろした。
制服のスカートを気にするように手で押さえながら。
「……私、好きな人がいます」
「ふむ。で?」
「その人、たぶん……誰のことも、好きじゃない。
優しいけど、いつも距離がある。誰にでも、同じ顔してる。
でも、どうしても気になるし、つい目で追っちゃって、話しかけたくなる」
「へえ。それって恋?」
「……え?」
蓮司はおかしそうに笑った。
「いや、ごめん。煽りじゃなくて、マジな質問。
それって本当に“その人”が好きなの?
それとも、“好きでいたい自分”に酔ってない?」
女子の目が揺れる。
「べつにさ、片思いは悪くない。むしろ最高。
勝手に妄想して、勝手に盛り上がって、勝手に傷つける。全部自分のせいにできるし」
「……そんなふうに、思ってない」
「ほんとに?」
蓮司はポテチの袋を折りたたみながら言う。
「その人が、誰かとキスしてるとこ見ても、好きって言える?
誰にも心開かないまま、卒業してっても、まだ“好き”って言える?」
女子はうつむき、黙る。
「……わからない」
「なら、それはまだ“恋”ってほどじゃないんじゃね。
ちょっとした執着。ちょっとした孤独。
それを誰かにぶつけたいだけってパターン、けっこうあるよ」
「……でも、苦しいのはほんとで」
その声だけは、本物だった。小さくて、震えていた。
蓮司は眉をひそめ、わずかに目を細めた。
「苦しいのは、否定しねえよ。
むしろ、そういう“苦しい”があるなら、お前の気持ちは本物だと思う。
ただ――本物ってだけで、報われるとは限らない」
女子の肩が、ほんの少し落ちる。
だがそのとき、蓮司は一瞬だけ目をそらし、つぶやくように言った。
「……それでも、お前がその人をちゃんと“見てる”って言えるなら、
たぶん、伝えてもいいと思うよ。届くかどうかは知らねえけど」
「……伝えて、迷惑だったら?」
「それはそれで、いい“終わり方”になるんじゃね。
“誰かを好きだった自分”を、ちゃんと終わらせられるって、結構大事だし」
女子は黙ってうなずいた。
言葉にできない思いを胸にしまって、そっと立ち上がる。
「……ありがとうございました」
「いーえ、どういたしまして。暇つぶしになった」
蓮司は軽く手を振り、気だるげに笑った。
ドアが閉まる。静けさが戻る。
そしてまた、独り言。
「恋ってやつは、壊れる手前がいちばん綺麗なんだよな」
笑いも怒りもない、ただ、淡い声だった。